第7話 聖剣神殿

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 魔王を封印した勇者である聖剣使いのセイク様は、晩年をノースビレッジで過ごしました。セイク様をしたって王都から移住者が集まり、お屋敷では勇者一行ゆうしゃいっこうの物語が語り継がれてきました。

 そして、セイク様は亡くなる直前、聖剣をまつった神殿を建立することを望みます。

 大森林だいしんりんの魔法使いユピ様が目覚めた時、神殿に聖剣が飾れた様子を見れば、現世が平和であると理解する。

 かつて、魔王軍と一緒にノースビレッジを焼き払ったような蛮行はさせないために、考えたと言われています。勇者セイク様の願いを後世こうせいに伝えるために、今でも聖剣神殿せいけんしんでん勇者一行ゆうしゃいっこう伝承でんしょうを守り続けています。

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「被害が誇張こちょうされている!」

 

 聖剣神殿せいけんしんでん門前もんぜんに建てられた看板を読んだユピは絶叫した。

 あの時、勇者一行ゆうしゃいっこうを捜索していた魔王軍を、冷凍魔法れいとう朝露あさつゆごと凍らせた。

 

 事前に、被害が出ていい休耕地きゅうこうちは村長に確認したので、全く問題はない。

 その後、身動きできなくなった魔物を、炎上魔法えんじょうまほうで焼き払って浄化した。

 延焼えんしょうした納屋については、ちゃんと謝った。

 

 なのに、伝承でんしょうでは、私が村を全てはらった悪役になっている。


「魔法使いユピ様は自らの強大な力に恐怖し、勇者セイク様のいさめもあって、大いなる力には責任が伴うことを自覚した、本には書いていたよ」


 ソーズの言葉に、おもわずユピは額を手で押さえた。


「あいつ、私が大森林だいしんりんでは使えなかった炎上魔法えんじょうまほうを使いたいって言ったら、ノリノリで作戦を立案してお膳立てしていたのに」


 汚い魔物は浄化じょうかだ、と叫びながら逃げる大鬼オーガを聖剣で斬り殺していた勇者セイクの姿を思い出す。いさめるどころか、生き残りがいるからもう一発撃てとも言っていた。


 その後、勇者一行ゆうしゃいっこう初陣ういじんとして、国中に喧伝けんでんされたはずだ。

 もしかして、当時から村ごと焼き払ったって言われていたのか。


「まあ、人の記録はうつろいやすいものですから」

伝承でんしょうを守るのが、神殿の役目でしょう」 


 馬小屋から神殿の扉に向かって歩くアドーの背中に尋ねる。


「あくまでも、人々が信仰しんこうしている伝承でんしょうを守るのが役目です。事実の検証は神殿の領分ではありません」


 アドーは返事をしながら神殿の扉を開けた。

 扉の建付けが悪いのか、ギギギと異音いおんを奏でている。


 神殿の外壁はつたこけに覆われ、中庭も家庭菜園が広がっている。

 魔法薬でも栽培しているのかと思いきや、駅前の商店でも売っていた野菜が実っている。


 とても信仰を集めている由緒ゆいしょある神殿には見えない。

 よく言っても、没落貴族ぼつらくきぞく邸宅ていたくである。


「大したおもてなしもできませんが、お入りください」


 アドーに促されて扉をくぐる。

 講堂の奥に一つの両手剣を台座に刺さっているのが見える。


 柄の先端がユピの視線の高さまである。

 刃から漏れた魔力が周囲を漂い、銀色の光沢を生み出している。


「これは、まずいですね」


 歩みを止めたアドーが両足の幅を広げて杖を構え、呪文を唱え始める。

 背後から入って来たソーズが聖剣の一目みると、壁に掛けられていた剣を取った。


 空中を漂っていた銀色の光沢こうたくが、聖剣の側に集まる。

 集約した魔力が具象化して剣を生み出す。

 聖剣の固有魔法である分霊剣ぶんれいけんが、空中を漂いながら、数を増やしていく。


「聖剣様、機嫌悪すぎ」


 十一本目の分霊剣ぶんれいけんが現れたのを見たソーズが呟く。

 現れた分霊剣ぶんれいけんが空中で一回転して静止する。

 切っ先が講堂の入口で佇む三人に向けられている。


「硬化し受け止めよ」


 アドーが魔法で三重の障壁を生み出すのと同時に、空中に漂っていた無数の分霊剣ぶんれいけんが飛び出す。

 飛翔した分霊剣ぶんれいけんは最初の障壁を破って、二枚目の障壁に穴を開け、最後の障壁に突き刺さる。

 刃の中腹まで刺さった分霊剣を、ソーズが振り下ろした剣で叩き折っていく。


 折られた分霊剣ぶんれいけんが魔力に還元され消滅する。

 次々に聖剣から分霊剣ぶんれいけんが作られ、障壁に向かって射出される。

 暴風雨のような剣撃を防ごうと、アドーが障壁の補強を繰り返す。


「先生、チェンジ」


 振り下ろした剣が折れたのを見たソーズが叫ぶ。

 弟子の声を聞いたアドーが杖で床を叩く。

 床から魔法陣が浮かび上がり、魔力で出来た鎖が空中に浮かぶ剣に巻き付く。


 一瞬、地面に引っ張られて静止するが、鎖を引きちぎる。


「先生、準備完了」

「いや、私がやろう」


 新しい剣に持ち替えて前に出ようとしたソーズをユピが杖で制した。

 ユピは大きく息を吸い込み体内の魔力と空気を混ぜ合わせる。


しずまれ、早漏野郎そうろう粗末そまつものを振り回すな。欲求不満よっきゅうふまんなら自分で抜け」


 講堂全体に響くように叫ぶ。

 魔力がこもった空気が伝播し、飛翔していた分霊剣ぶんれいけんの動きが硬直する。

 聖剣の周りに漂っていた銀色の光沢が吹き飛ばされる。

 分霊剣ぶんれいけんが、ひびが入った切っ先がユピに向ける。


道具風情どうぐふぜいが、創造主たる大森林の末裔まつえいやいばを向けるか」


 聖剣に一歩、近づく度に杖で床に叩く。

 魔力の波動を床伝ゆかづたいに浴びた聖剣から刃をり合わせたような金属音が鳴る。


「今更、びても遅い」


 聖剣の前に来ると、杖を高々と掲げる。

 周囲の漂っていた魔力を杖の先端に集め、魔力の球体を作る。

 球体は魔力を圧縮されながら膨張していく。

 荷馬車を包みこめる大きさまで膨らむと、銀色の魔力光が講堂を照らし始める。


「太陽」


 講堂から影を消きた様子を見たソーズが呟く。

 球体に触れた分霊剣ぶんれいけんが消滅していく。

 キーン、キーンと何度も聖剣が甲高い音を鳴し続ける。


「反省しろ。この戦狂いくさぐるい」


 ユピが杖を振り下ろすと、魔力の球体が聖剣に叩きつけられた。

 聖剣が球体に覆われて姿が見えなくなる。

 壊れた車輪のようにギギギギと響く音だけが、聖剣の存在を証明している。


「戦いに飢えているなら、耐久訓練でもしていろ」


 聖剣に向かって吐き捨てるように言う。

 振り返ると尻もちをついたアドーに寄りそうソーズの姿を見えた。


「どこを負傷した」

「いえ。原始詠唱げんしえんしょうの衝撃で、腰が少し」


 弟子に支えられながら立ち上がったアドーが言った。

 戦闘の余波で腰を抜かしたようだ。


「・・・聖剣の鎮魂ちんこんにご協力いただき、感謝いたします」


 額に脂汗あぶらあせをにじませながらアドーが言った。

 その隣にいるソーズが目を丸くしながらユピを見上げている。


「どうしたの」


 困惑こんわくとも、畏怖いふともとれる眼差まなざしに気が付いたユピが声をかける。


「やっぱり、伝承でんしょうは正しかったんだ」


 満面の笑みを浮かべるソーズにユピは溜息をつきながら肩を落とした。

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これから悠久を生きる君へ 宮島 久志 @MUKONOSOU

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