第6話 ノースビレッジ

 ~~現在~~


 荷馬車にばしゃから街の様子を見てユピは目を丸くした。


「ここが、本当にノースビレッジ?」


 駅前の通りには石材を使った砦の様な建物が軒を連ねていた。

 日が傾き始める時刻のせいか、食料を扱う商店に人だかりができている。

 接客している店主の足元を、干し肉を咥えた野良猫が走っていく。


 野良猫に怒りを向ける人はいない。


 人々が持つかごはパンやチーズの他に、つやの良い野菜や生肉で満たされている。

 かつては、戦争による難民の増加と不作によって、食料難におちいっていた寒村かんそんだったとは想像できない。


 思わず目元を抑えて、涙腺るいせんの緩みを止める。

 多くの人が生活を営む光景がある。


 三百年前、直ぐに療養りょうように入った私が目に焼けることが出来なかった人々の日常。

 私達は確かに平和を勝ち取った。


「これだけ人がいるなら御者ぎょしゃを雇えばいいのに」

「はは、恥ずかしながら、協会は貧乏でして。馬車も売り払ってしまいました」


 目元をこすりながら隣で手綱たづなを握るアドーに尋ねると、陽気な笑い声が返ってきた。


「今は、魔力がない人でも扱える道具が増えました。魔法使いの役割そのものが少なくなっています」


 アドーの言葉に先程の戦闘を思い出す。

 警察官が持っていた拳銃は、初級の攻撃魔法と同等の威力があった。

 他にも、拳銃より大きくて長い銃は一撃で複数の小鬼コブリンを倒していた。


 魔力を持たない短命種にんげんだけで、浄化まで終わらせるのは、神代しんだいの魔法を再現するくらいの偉業だ。


 あの十数人の警察官達だけでも、かつての百人隊ひゃくにんたいにまさるだろう。


「アドー先生。乗せてー」


 路地から飛び出してきた人影が声を上げている。

 見覚えのある真赤な髪と日焼けした肌の少年が、愛想あいその良い笑顔を見せながら手を振っている。


 汽車で別れたソーズだと気が付いて、ユピは微笑んだ。

 愛想あいその良い笑顔を浮かべていたソーズの表情が強張こわばる。

 ユピが杖を振って飛行魔法を発動し、ソーズの足を地面から離す。


「わああああ」


 ソーズが悲鳴を上げながら、空中で足をジタバタさせる。

 杖をもう一度振って、後ろの荷台にソーズを放り込む。

 荷台からバタン、という音が鳴ると同時にカエルが潰れたような声がした。


「何すんだ」


 り傷が出来きた顔を御者ぎょしゃの席に突っ込むながら、ソーズが声を上げた。


「うるさい。悪知恵わるぢえが働く子供にはお仕置きが必要だ」

「魔法を使って逃げなかったお姉さんが悪い」

「できることと、やっていいことの分別ふんべつが付かないのは子供の証だ」


 杖でソーズの頭をコツンと叩く。


「ていうか、なんでお姉さんと先生が一緒にいるの?」


 涙を浮かべながら、不思議そうな目でソーズがユピとアドーを交互に見上げる。


「聖剣が暴れているそうだね。しばらく、神殿に泊まらせてもらうよ」

「え、先生。ナンパしたの」

「貴方と違います」


 師が弟子の軽口をきっぱりと否定する。

 否定された弟子は眉間みけんに皺を寄せて、不安そうに師に尋ねた。


「本当に大丈夫。この前、ユピ様の恰好をした詐欺時さぎしを捕まえたばっかりじゃない」

詐欺師さぎしって?」

「自分はユピ様だっていつわって、変な薬を売っていた罪人。懸賞金けんしょうきんも高かったから新聞にも載ったよ」

新聞しんぶん懸賞金けんしょうきん?」


 知らない言葉の意味を読み取ろうと、ユピは顎に手を当てて思案した。

 道具以外にも、四百年の間に生まれたものがたくさんあるようだ。


「お姉さんが住んでた場所は、ここより田舎いなかなの?」

「このまちも大きいと思うけど」


 ソーズの赤いひとみがユピの顔を見つめる。

 首をかしげながら見つめ返すと、ソーズは白い歯を見せた。


「お姉さん、ただの世間知せけんしらずだね」


 軽んじられていると感じて、杖を持つ手に力を込めたところで、息を吐いた。

 確かに、私は今の時代の事を何も知らない。

 世間知せけんしらずというのは正解だ。


「言っていいことと、駄目なことの分別ふんべつがつかないのも子供だ」


 言い返してから、上を向く。

 空が夕焼けに染まり始めていた。

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