第3話 美女の頼み


バーの扉が静かに開く。ナモがカウンター越しに視線を向けると、常連のゆきみがカウンター席に座っていた。彼女の表情はどこか暗く、明らかに様子がおかしい。

「ゆきみ、どうした?」

ナモが静かに声をかける。ゆきみは少しだけ目を伏せ、ためらいがちに口を開いた。

「……ちょっと、面倒なことになっちゃって……」

ナモがさらに言葉を促そうとしたその時、バーの扉が勢いよく開いた。

「よぉ、ナモちゃん! 愛してるよーん♡」

黒髪をひとつに束ねた男、ニモがいつもの調子で店に入ってくる。ナモは呆れたようにため息をついた。

「ちゃんを付けるな。ニモ。」

「いーじゃん可愛いし!俺らの仲だろー?」

ニモはカウンターに肘をつき、ゆきみをちらりと見た。

「で? 美女がそんな顔してどったの?」

ゆきみは少し迷った後、意を決して話し始めた。

「好きな人に貢いでたんだけど、騙されてたみたいで……このままだと……」

ナモとニモは顔を見合わせる。

「そりゃまた厄介な話だな。」ナモが呟く。

「まあ、美女の頼みは断れないねぇ。」ニモが笑いながら言う。

「けど、その相手ってどんなやつなんだ?」

ゆきみの表情が曇る。

「……強い人。すごく……この界隈じゃ有名で……。」

その言葉にニモはニヤリと笑った。

「へぇ、面白そうじゃん。なぁ、ナモ?」

「俺たちに任せてくれないか?」

ゆきみは少し心配そうな表情を浮かべる。

「……でも……大丈夫なの?」

ニモが軽く笑い、肩をすくめる。

「当たり前じゃん!だって俺ら『ナニモ』だぜぇ?」

ナモはその言葉に眉をひそめ、不服そうに口を開く。

「それ、やめろって言ってんだろ。」

「名付けたの俺じゃねぇもん!それに可愛いし良くね?」


ゆきみの不安げな顔をよそに、2人は笑いながらバーを後にした。



夜の街に出たナモとニモは、ゆきみが騙されていた男の元へ向かった。彼はただの詐欺師ではなく、この界隈では有名な荒くれ者だった。手下も多く、簡単に事が済む相手ではない。

「……随分と派手にやってるねぇ。」 ニモが薄く笑いながら、男のアジトを見上げる。雑居ビルからは賑やかな音が漏れていた。

2人は敵のアジトに足を踏み入れた。

―――

中に入ると、男とその手下たちが酒をあおって騒いでいた。ニモは悠々と歩み寄り、カウンターに腰掛ける。

「よぉ、いい酒飲んでんじゃん。」

「……なんだ、テメェ?」 男が眉をひそめる。

「ちょっと話があるんだけど、うちの姫の金、そろそろ返してもらえるかな?」 ニモがニヤリと笑いながら言うと、男は鼻で笑った。

「は?バカか?女が勝手に貢いだもんだろうが。それにどの女かも分かんねえしなあ!文句あんなら、ここで力づくで取り返してみろよ。」

「おっ、言うねぇ。」 ニモは軽く肩を回しながらナモへ言う。

「ナモちゃーん、どうする?」

「ナモちゃんって言うなっつーの。」

次の瞬間、男が拳を振り上げた。ニモはひらりと身をかわし、カウンターを蹴って宙を舞う。そのまま、手近な敵の肩を踏みつけて転がす。

「おっとっと。」

ナモの銃声が響いた。ニモの背後にいた男が倒れ込む。ナモは迷いなく敵を仕留めながら、周囲を冷静に見渡していた。

「……あんまり好きじゃないけど、片付けるか。」

ナモが次々と手下を撃ち倒していく。

「おー!さすがナモだねぇ。」

「お前も働けクソ蛙」


次の階に上がると数人の男たちが待ち構えていた。中央にいるのが、ゆきみを騙していた男——裏社会で名の知れた強者だった。

「へぇ…お前らが噂の『ナニモ』ってやつか」

「うわ、バレてる。ナモちゃん、やっぱ有名人は辛いねぇ」

「大概お前のせいだろ」

ナモが静かに銃を構えると、男たちは一斉に動き出した。

ニモは笑みを浮かべ、刀を抜く。

乱闘が始まる。ニモは軽やかに動き、まるで踊るように敵を斬る。だが、その楽しげな様子にナモが苛立った。

「遊ぶな!」

「遊んでないよ? 余裕なだけー♡」

そんな会話を交わしつつも、ナモは冷静にニモの死角の敵を撃ち抜いていく。まるで最初からそこにいると分かっていたかのように。

ついにボスとの直接対決となる。

「ここまで来れたのは褒めてやるよ。でもな…」

ボスは刃を構え、一瞬で間合いを詰める。

鋭い一撃がニモを狙う

が——

「油断するな!」

ナモの銃弾がボスの刃を弾き、ニモはニヤリと笑った。「油断してないよ? 分かってたもんねぇ」

その瞬間、ニモの刀が閃き、ボスの武器を弾き飛ばす。

ナモがトドメの一撃を放ち、戦闘は終わった。

「敵将、打ち取ったり〜ってかぁ」

「俺だけどな。討ち取ったの」


―――

数日後、ナモのヘアサロン。

「ナモさーん、おはようございます!」 ゆきみが朝から元気に顔を出す。ナモは苦笑いしながら応対する。

夜になると、今度はバーに現れる。

「ナモさーん、こんばんは!」

「……毎日来てるな。」

バーの扉が勢いよく開いた。

「あ!ニモさん!!待ってましたよ!」

嬉しそうなゆきみを見て青ざめるニモ。

「ナモ!助けてよ!ゆきみに毎日見張られてる!尾行されてる!絶対部屋も覗かれてる!!」

ニモが涙目でナモに話す。

「いや、でもゆきみ、朝も昼も夜も俺の店に来てるぞ?」

「はぁ...?」


背後からゆきみの声が響く。

「愛の力ですよ♡」


ナモとニモは目を合わせた。

「おい、どうする?」

「……もう無理。怖い。逃げたい。」

「だな。泣くなニモ。行くぞ」

次の瞬間、二人は全速力で街を飛び出した。


数日後

「ったく、なんで俺らがこんな目に……」

「愛される男はつらいねぇ♡」

「ふざけんな。また泣いちまえよ。」

夜の酒場、どこかの町の安宿。追い出されるように飛び出したナニモは、逃亡生活を余儀なくされる。


そして数ヶ月後、久しぶりに戻った街。

「さすがにもう大丈夫だろ。」

「やっぱ俺らにはこの街だよー。」

すると、ゆきみが楽しそうに別の男と歩いているのを発見した。

「えっ……?」

「え、切り替え早くね?」

「あの逃亡生活、マジでなんだったんだよ……」

肩を落とすナニモだった。

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