二十五、水仙


 今日、修君は実家に帰っていた。

 私の家に引っ越しをするため、自分の荷物をまとめて運び出すそうだ。


「ようやくあの子も決心がついたようね。

 それにしても長かったわね、さすが『晴信さんの子ども』といったところかしら?」


「奥手なのはお義父様譲りってこと?」


「ふふっ、そうかもしれないわね。」


 母さんは少しいたずらっぽく笑っていた。

 昔を思い出していたかもしれない。


「ねぇ、お父さんはどうだったの?」


「そうね、私たちは職場の恋愛だったから、お仕事を通じて仲良くなったかしらね。

 当時の女の子は『クリスマスケーキ』なんて言って、24歳ごろには結婚と言うのが当たり前で、みんなそう思っていたころなのよ。

 25歳までは売れるけど、そのあとは安売りして、31歳で年越しね。

『オールドミス』なんて言われていたからね。」


「へぇ、そうなんだ。

 じゃあ私は『売れ残り』もいいとこだったのね。」


「私たちの時代ではね。

 だからみんなで『寿退社』にあこがれていたものよ。」


 私は給湯室のひよこどもを思い出して、急におかしくなった。


「職場で出会いって、なかなか難しいものよね。

 仕事も大変だから、そんな風に相手を見れないよ。」


「私たちもそうだったのよ、でもね、その時のお父さんの上司が世話を焼いて、お父さんに私を紹介してくれたのよ。

 だから今でも私たちの仲人さんなのよ。」


「え~っ、そんなの信じられないよ。

 今職場でそんなことしたら、セクハラものでしょ?」


「あはは、そうね。

 昔は職場で出会って結婚という人が多くてね。

 そこには世話焼きのおばちゃんとか、職場内で結婚の話が出ると上司が仲人になったりしてね。

 そういう人たちの働きもあって、女の子たちはお嫁に行っていたのよ。」


「お母さんもそのうちの一人だったのね。

 それで、お父さんとはどうだったの。」


「母親からノロケ話を聞きたいの? 変な娘ね。」

 

 そう言いながら少し照れていた。


「お父さんは営業で、会社の中にはあまりいなかったな。

 私たちが言葉を交わしたのは、交通費や接待費の精算とか、出張の宿泊先に手配とか、本当に仕事の話よ。

 それにお父さんも忙しかったから、あまり話をする機会もなかったの。」


「それで、どうして仲良くなったのよ?」


「お父さんが新幹線で出張に行ったときに、取引先の社長から、もっと詳しく話を聞きたいって言われて、追加の資料を持って来てほしいって、会社に連絡があったの。」


「その時に営業の課長から、人手がいないから、先方に資料を届けてほしいって依頼があって、たまたま手が空いていたのが私だったのよ。」


 ふふっ、なんかラブコメの王道みたいな話ね。


「その時は、その街に新しい新幹線の駅ができたことで、規模を大きくする会社が多くてね、工場に工作機械を入れるからって、営業に行っていたのよ。

 取引先にはあいさつ程度で行く予定だったのが、急に商談がまとまりそうになって。」


「へぇ、お父さんは仕事で飛び回っていたんだね。」


「そうよ、数千万円の取引だから、逃したくないって。」


「結構会社も熱心だったのね。」


「私は言われた通り、資料を持って新幹線でお父さんが泊まった旅館に行ったのよ。

 いつも社員の出張でお世話になっているところだったから、私も知っているところだったのね。」


「それで、二人で泊まったの?」


「……それがね、お父さんたら、その後私を会社まで送ってくれたのよ。」


「どうして?」


「独身の娘さんと一緒に泊まったら、親御さんに申し訳ないって。」


「え、だってチャンスだったじゃない?」


「……そういう人なのよ。

 結局私たちは東京へとんぼ返りして、お父さんは翌朝の始発で仕事に戻って行ったわ。

 でもそれがご縁でね、営業の課長と私の上司、総務の課長が一緒になって私たちをくっつけようとしたのね。」


「……はぁ、おせっかいな人たちなのね。」


「お父さんは企業戦士で、わき目もふらず仕事一筋だったから、『多忙な独身貴族』だったのよ。

 でも、いざ恋愛になると急にスイッチが入ってね、

『今日は代休を取ります、デートに行ってきます。』って宣言して、堂々と平日に休みを取ったのよ。」


「え? 平日? 仕事はどうしたのよ。」


「だから私も慌てて有休をとるでしょ?

 その時の課長がニコニコして『行ってらっしゃい』って送り出していたのよ。

 もう恥ずかしくて……。」


 その時の母さんの困った顔を思い浮かべて、クスッと笑ってしまった。

 うれしはずかしって、そういう時に使うのね。


「私たちは、それから半年くらい付き合って結婚したのよ。

 だって会社にはお父さんがそうやって宣言しているでしょう?

 仕事もできたけど、こっちも短期で片を付けたって感じ。」


「お父さんの仲人さんと私の仲人さんは、結局それぞれの上司になって、おかげで私たちの結婚式は、会社を挙げた宴会になったのよ。

 社長が祝辞をしてくれてね、衣装も3回着替えたのよ。

 もちろん今では考えられないことだけどね。」


「そうよね、まるで芸能人の結婚式じゃない。」


 母さんは当時を思い出したように、遠くを見ているような気がした。


「お父さんね、私の両親を送ってから、急にこの家がさみしくなったでしょ?

 いつかさおりが旦那さんをもらって、孫たちと一緒ににぎやかに暮らせるといいなって、言っていたのよ。」


 お父さんらしいな。

 忙しくても私たち家族を大事にしてくれていたから。


「だからね、この家が急ににぎやかになったでしょ?

 修ちゃんが来てくれて、きっとお父さんも喜んでいるんじゃないかしら。」


「そうよね、猫のキミも小夜ちゃんもいるし。」


 そう言って母さんは笑っていた。

 こんな顔は久しぶりに見たような気がした。


「さおりはね、お父さんは『沙織』って名前にしたかったみたいだけど、私がひらがなの方が可愛らしいって言ったのよ。

 織物の糸のようにたくさんの人との交わりの中で、美しい人生を送ってほしいって。」


「え、そうだったの?」


「さおり、幸せになりなさい。

 それが私たちのたった一つの願いなのよ。」


「うん。」


 私はそれしか言えなかった。

 いつもそばで見守ってくれて、私のことを大切に思ってくれた父。

 いつも自分のことは後回しにして、私を応援してくれている母。

 そして、幸せを願って私につけられた名前……。


 今、私は修君と結婚して家庭を持つことが、とても幸せなことに思えた。

 私も修君との間に子供が出来たら、ちゃんと子育てができるのかな。


「お母さんみたいになれるかな。」

 

 母さんは黙ってうなずいてくれた。


 織り交ぜる 糸のごとくに 紡がれし 愛し命よ 幸を歩めよ



 我にはこの時ほど、父母の愛に心を動かされたことはなかった。

 その名に込められた願い。

 そばに侍る者としては、是非もない。

 我こそがその願いを引き継ぐのだ。

 

 女房の紡ぐ未来に幸あらん。

 夢のある道へと続くのだ。

  


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