二十四、バレンタインデー


 我らのデイサービス勤務は続いているが、報酬が余り気味になってきているそうだ。

 飼い主への謝礼という形で予算を組んでいるので、会社としては金で支払うことに問題はないそうだ。


 そこで、我らの新居を充実させるべく、新たな寝所とキャットタワーなるものが購入されることとなった。

 修氏はそれを伝えると、


「なんだか新居を構える新婚さんみたいだね。

 猫君様に先を越されたみたいだよ。」


「ふふっ、そうね。

 いっそのこと結婚式も挙げてみようか?」


「いいね、猫君と小夜ちゃんは職場恋愛だから、デイサービスでやろうか。

 ちょうどバレンタインデーの企画もあるし。」


「バレンタインデーの企画って? お年寄りが?」


「そうなんだよ、いまいちイメージがわかなくてさ、でもちょうどいいネタがあって、助かったよ。」


「ねぇ、それならサムおじさんに『神父さま』を頼もうよ。」

 

 まったく我らをネタに楽しんでいるのだ。

 修氏も策士だが、そこに有能な女房が加わると、こうもロクなことにはならないのだ。


 それにしても結婚式であるか。

 我も小夜との婚姻の議を全く考えなかったわけでもないが、我もまた修氏と同じように、小夜には言えなかったのだ。


「ねぇ、お母さん、サムおじさんって14日は空いているかなぁ。」


「多分大丈夫だと思うけどね、どうしたの?」


「デイサービスでね、猫君様と小夜ちゃんの結婚式を挙げるのよ。

 そこに神父さんがいるといいなって。」


「ははっ、それは面白いわね。

 きっと喜んでくるわよ。

 あの人そういうの、大好きだから。」


「そうね、クリスマス会でも楽しそうだったし。」


「お義母様、お願いできますか?」


「ええ、いいわよ。」



 しばらくして、にぎやかなバイクの音が響いた。


「あれ、今呼んだの?」


「いいえ、打ち合わせするって押しかけたのよ。」


「ふふっ、ハンティングかなぁ?」


 女房がいたずらっぽく笑うと、


「馬鹿ね。」と母様が照れ笑いをしていた!

 これは何かありそうだ。


「マリィ、お元気ですか?」


 サム氏が、ハグとともにキスをした。

 母様もまんざらでもないようだった。

 これは乙女道へ確定であるな。

 

 恋は人を若返らせるとは、このことを言うのである。

 かつては御息所も、恋こそが若さを保つ秘訣と言っていたほどであるからな。


「ナイストゥミーチュウ、オサム。元気ですか?」


「ええ、貴方もお元気そうで、何よりです。

 今日はバレンタインデーのイベントのお手伝いをお願いします。」


「OK、14日は特別な日、マリィとデートなんだよ。

 昼間は『ちょうど』空いているから、コドモタチの話を聞いてあげるよ。」


 そこで、修氏はバレンタインデーの企画について話をすると、


「ホワィ? チョコレート? 

 女性に愛と感謝を伝えるのに、女性から?」


 それには修氏も困惑していた。


「オサム、いつも変なことを言う。

 バレンタインは聖人の話。

 日本にはその話はないね。」


 そこで女房が助け舟を出した。


「クリスマスと同じように、日本に間違った形で伝わっているのよ。

 クリスマスにターキーではなくて、フライドチキンが売れるようにね。」


「ミステリアス、ジャパン!

 これもミステイクね。」


 サム氏は大声で笑いだした。

 どうにも我にはこの御仁の「ツボ」がわからなかった。


 結局、今日のところは午後2時に神父の格好をしてデイサービスに来ることをお願いして、打ち合わせは終わった。

 

 そのあと母様は、いそいそと出かけて行った。


「グッドラック」と修氏が言うと、女房も一緒に笑っていた。



 そして14日の午後、デイサービスでは我らの結婚式が行われることとなった。

 いつもお食堂には、整然と椅子が並べられ、中央には足ふきマットで作ったバージンロードができていた。

 その先には演台を配置し、背後に白い十字架を配置してあった。


 本当にそこだけ見れば、まるで教会のようであった。

 年寄りたちが見届け人となり、それぞれ席についた。


「さあ、猫君様、こちらへ。」


 我が案内されたのは、風呂場の更衣室だった。

 そこで我は首輪をつけた。


「かっこいいですよ。」と女官が言った。


 首輪には黒い蝶ネクタイがついていた。

 振り返って小夜を見ると、首輪には赤いハートがついていた。

 それだけでも十分に小夜はかわいかった。


 厳かな雰囲気の中、我らの式は始まった。

 我は演台の前に座り、サム氏が神父の格好をして待っていた。


「それでは皆様、花嫁の登場です。」


 静かな音楽に、笛の音が響く。

 サム氏は、「アベマリア~♪」と口ずさんでいた。


 扉が開き、奥からおしんさんに連れられて、小夜がゆっくり歩いてきた。

 おしんさんは我に一礼し、一番前の席に座った。


「ここに、新たに命の絆を結び、夫婦としてともに歩まんとするものがあります。

 神に永遠の愛を誓い、幸あらんことを願います。

 神よ、二人に祝福を、アーメン」


「アーメン」と女官たちが一斉に祈りをささげた。


 そこで修氏が、カリカリを二つ、我らの真ん中に出して、食べるように言った。

 

 なるほど、ちょうどそこで鼻先がぶつかるのだな。

 などと思案しているうちに、小夜が我の鼻先を「ぺろり」とした。


 小夜にはわかっていたのだろうか、これが夫婦となる誓いの儀式だということを。

 

 この時、会場からは拍手が起きた。

 おしんさんの目には涙がこぼれていた。

 まるで愛娘を嫁がせたかのように……。


 それから我らは紙吹雪が舞うバージンロードを歩いたのだが、宙を舞う紙吹雪を捕まえたいという衝動が走った。


 思わずとびかかってしまった。

 しかし小夜は……嬉しそうに飛びついているのであった。


 これには年寄りたちも大笑いだった。



 その夜母様は出かけていた。

 女房と、修氏はチョコレートを互いに交換して、夕食を楽しんでいた。

 我らにも、猫缶とカリカリが気前よく振舞われた。


 我らの結婚式の様子を撮影した動画を見て、女房は大笑いであった。


「楽しそうだね、皆さんに喜んでもらえてよかったよ。」


「そうだね、特におしんさんは感激していたみたい。」


「ほら、ここ。小夜ちゃんからキスしていない?」


「僕もそう思ったんだよね。

 猫君様って、案外奥手だったりしてね。」


 ……ほっといてほしいものである。


 こうして我には、かわいい小夜とともに祈り、願った生活がここにある。

 ようやくあの夜に誓った約束が果たされ、添い遂げようとしている。


 我らは、ただ好きだから一緒にいる。

 それだけで十分なのだ。

 

 つくづく猫に生まれてよかったと思っている。

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