第13話 妻崎家
久々に再開した友達と遊ぶのに夢中になってつい時間を忘れてしまった、
そんな言い訳で母さんと姉ちゃんを納得させ、俺は昨日より一時間早い時刻に家を出た。
「ここ、だったよな。あいつの家」
記憶をたどって俺がたどり着いたのは、学校じゃない。
厳かな雰囲気の日本家屋だ。木造一階建ての平屋で、この家にはきっと長い歴史があるんだろうなあと思わされてしまう。
趣のある門柱に下げられた表札に書かれているのは『妻崎』の文字。
「あ」
尻込みしていると、庭の向こうで戸が開く音がした。
「行ってきまーす」
家の中から出てきたその人物も、門のところで立っていた俺に気づいたようだ。
妻崎は特に何も言わず、大股でずんずんと俺の方に歩いてくる。
「おはよう。その、昨日は……悪かった」
「…………」
謝ってみたが、返事はなし。口をへの字に結んだ妻崎は俺を見下ろしてくる。
こりゃ相当怒ってんな。
どうしよう。悪いのは完全に俺だし、謝る以外にできることなんてないぞ。
「ここで立ってても仕方ないでしょ! 早く行こ。あたし朝練あるんだから」
言うべき言葉を探していたら、胸元にボスン、と二人分の通学鞄とスポーツバック、そしてデカい重箱を押し付けられた。
俺の荷物と、妻崎の荷物、どっちも持てってことなんだろうな。
「昨日はあたしが二人分持って帰った。今日はあんたが二人分持つ番。文句ある?」
「…………ありません」
「ちゃんと事情、説明してよね」
良かった。まだ、話くらいは聞いてくれるつもりらしい。
俺の前を通り過ぎて、さっさと歩きだした妻崎の後に続こうとした時。
「おお? 君、久郎くんか!」
後ろから声をかけられた。玄関からまた誰か出てきたらしい。
「えっと……おはようございます」
「ああ、おはよう。久しぶりだね。私のことは覚えているかい?」
妻崎よりもさらに十センチは高いんじゃないかという身の丈と、かっちりと後ろに固められた黒髪。頭を下げた俺に快活な挨拶を返して、皺ひとつないスーツ姿の男性が歩み寄ってくる。
「歩美さんの、お父さんですよね」
「どうした! 随分表情が硬いな。若いんだから、朝はもっと爽やかじゃないと」
妻崎父は流れるような仕草で握手を求めてきて、俺は微妙な笑顔で応じる。
いや、力強え、この人。
なんだろう。いい人なのに、傍に立つと自然と緊張してしまうこの感じ。
「色々、大変だったようだね。君の話は私の耳にも入ってきているよ」
「ええっと」
「おっと、不躾ですまんな。仕事柄、どうしても気になってしまってね」
「いえ、構わないです」
俺の記憶が正しければ、妻崎の親父さんは警察の人だったはずだ。
行方不明になっていた娘の同級生が、最近になって帰って来たことを知っていても不思議じゃない……のか?
「また同じ学校に通うことになったのも何かの縁だ。娘と仲良くしてやってくれ」
「あー……それがですね」
俺は横目で妻崎の様子を窺う。さっきと変わらず不機嫌そうな顔だ。
「気にするな久郎くん! あれはな、怒ってみせているだけだ。昨日、君が帰ってきて同じクラスになったことを話す時なんかもう……」
「父さん!」
「おっと、見ろ。あれが、本気で怒っている時の顔だ」
妻崎の方を顎で示し、親父さんはニカッと笑いかけてくる。
「……っとに余計なこと言って」
じゃ、私はここらで。と庭の向こうの駐車場に歩き去る父親の背中を、妻崎が恨めしそうに見送る。
いい親父さんじゃないか。
「そうだ、久郎くん。一つだけ忠告しとくよ」
最後に妻崎の親父さんは振り返り、顎をトントンと右手の指先で叩いて見せた。
「残念ながら、この町には危険な連中が増えつつある。君も、気をつけなさい」
「……わかりました」
バレていたのか。大した観察眼だ。
犬走に蹴られたせいでできた、小さな痣を見つけられたらしい。
餅は餅屋だ。
「何、あれ? ん? 久郎、あんたその痣どうしたの?」
「長くなるから、後で話すよ。朝練に遅れると、まずいんだろ」
あれこれ詮索される前に、話をそらしたい。
「お前の親父さん、すっげえ貫禄だったな」
「まー、一応、警察署の署長だしねえ。多少偉そうじゃなきゃまずいでしょ」
「マジかよ」
「うん。去年からね。でも、家ではただのおっさんだよ?」
「…………」
うちの姉妹といい、妻崎といい、世の娘たちは少し父親に対する認識が軽すぎると思う。
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