異世界1 迷い込んだ少年
犬? いや、違う。狼だ。
初めて見たけど間違いない。あれが狼なんだ!
追いつかれたら殺される。逃げなきゃ。
とにかく走るしかない。
わけが分からなかった。
さっきまで街中にいたはずなのに。
突然、変な光に飲み込まれたのは覚えてる。
ぐるぐると目の前が渦巻みたいに回った後、いつの間にか見たこともない森の中で寝そべっていた。
そして、助けを求めて大声をあげながら歩いていたら、あいつと出くわした。
後ろから唸り声が聞こえる。
走っても走っても、離れてくれない。
「ふざけんなよ……ついてくるなって!」
相手との距離を確かめようとして、ふり返ったのが失敗だった。
「うあっ!」
倒れる、と思った時にはもう遅い。
俺は勢いよく地面に倒れこんでしまった。
ぶつけた体のあちこちに、鈍い痛みが走る。
「はっ……はっ……くそっ」
立たなきゃ駄目だ。すぐに逃げないと。
そう思うのに目の前がぐらぐらと揺れて体に力が入らない。
「あ、ああ、うわああっ」
どうにか体を起こすと、闇の中で光る赤い二つの瞳と目が合った。
灰色で、四つん這いなのに俺の胸元ぐらいまである巨大で毛むくじゃらな体つき。長い鼻づらの下の顎には鋭い牙がぞろりと並んでいて、だらりと長い舌が伸びている。
「ゴアアアアアッ!」
悲鳴をあげて立ち上がろうとしたところに飛びかかられ、地面に押し付けられる。
「い、いたいっ、やめろよ、はなせってば!」
肩に爪が容赦なく食い込んでくる。手を振り回すことも許されない。
化け物の舌の先から、生臭い涎が垂れてきた。開けられた大きな口の奥から吹きかけられる息の熱さが、たまらなく気持ち悪い。
駄目だ。このまま喰われる!
きつく目を閉じた瞬間、温かい何かで自分の顔が濡れるのがわかった。
この鉄みたいな臭いは、血だ。
俺の喉から噴き出す血なんだ。
ああ、良かった。
死ぬときって、案外苦しくない。
「大丈夫かい?」
おかしい。これは、誰の声だろう。
「うわ……うわああっ!」
恐る恐る目を開けると、鈍く光る板のような何かが俺を食い殺そうとしていた獣の眉間に突き刺さっていた。
……これは、剣?
「な、なんで? はあっ、くそっ、動け、ない!」
「危なかったね。ほら、今どけてあげるよ」
「だ、誰? こんなに血が、血がたくさん……っ」
「落ち着いて。もう平気だから。大きく息を吸うんだ」
腕を掴まれたと思った次の瞬間、俺はその人に抱きしめられていた。
とても温かくて、柔らかい。血と土の臭いに紛れて、ほのかに甘い香りがした。
女の人、だろうか。
背中をさすられているうちに、体から力が抜けていく。
「魔物が活性化してるって話は本当だったみたいだね。間に合って良かった」
「ま、魔物?」
漫画やゲームでしか聞いたことがない言葉に俺は耳を疑った。
確かにすぐ傍で死んでいる化け物はただの動物には見えない。恐ろしい獣だ。
それを殺したのか? この女の人が?
「おーい! アイビスちゃん! 平気―?」
「ああ、こっちだ! 子供が怪我してる!」
女の人の肩越しに、暗闇の中で揺れる炎の光が近づいてきているのが見えた。
「た、助かったの?」
「ああ。助かったんだよ。君はまだ生きてる」
よかった、と安心した途端、俺は生まれて初めて気を失った。
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