第11話 vs人狼
三年間、嫌というほど味わったあの暗く、冷たく、支配的な怖気。
魔物、と呼ばれていた奴らと同じ何かを、目の前の女から感じる。
元からこっちにも居たのか。
俺と同じように何らかの手段でやって来たのか。もしくは――
「考えてる暇は、なさそうだな」
女だった毛むくじゃらの何かの腰が再び落ちる。
足だけではなく、手も地面についた臨戦態勢だ。
落ち着け。
呼吸を深く、力は抜く。
目と、耳の感覚に意識を集中。
自然と心臓が強く脈打ち始め、全身の血管が広がっていくのが分かった。
戦い方は、体が覚えているはずだ。
「ウガアアッ!」
グンっと、女が一気にこっちの間合いに踏み込んできた。
さっきよりも数段速い。
突進してきた勢いを乗せ、女が飛びかかってきた。
速度と体重で相手を後ろに押し倒す、四足歩行の獣特有の攻撃方法だ。
まともにやり合うな。
自分に言い聞かせながら、俺は横に飛び退いて女の体当たりを躱す。
着地するなり女が振るった横なぎの一撃はしゃがんでやり過ごした。
背後で女が爪で引っ掻いた壁が削れる音がする。
金属製の防具を身に着けてない今、あれをもらったら終わりだ。
とにかく避ける。
避けて、避けて、避けきるしかない。
女の動きはさっきより速いが、力任せで雑。蹴りもほとんど使ってこなくなった。
よく見ていれば、きっとその瞬間はやってくる。
「男のくせにっ、ちょこまか、逃げんなああアアッ!」
そら、ここだ。
苛立ちで大振りになった女の腕の下をかいくぐり、懐に潜り込む。
牙がある魔物を倒す時には、顎を狙うのが有効だ。
脚力を加えて、下から手の平で突き上げた。
「ぎゃんっ!」
がちんと牙同士がぶつかる音がして、女が悲鳴をあげ、後ろにひっくり返る。
この機を逃す手はない。
俺は固めた拳を振り上げ、追い打ちにかかった。
「……待って!」
だが、女が手の平をこっちに向けて、叫ぶ。
「どうした、降参か?」
「ち、ちがうから! 私をここで倒すと、大変なことになるよ!」
「あ?」
尻もちをついた姿勢でずりずりと後退しながら、キャンキャンと喚く女。
なんだこいつ。
「あんた、橋爪久郎でしょ? 私達はあんたの家の場所も、家族のことも前もって調べてるから! 私に何かあったら仲間が動くことになってる! あんたの大切な人達が傷つくよ!」
「お前、それ脅しのつもりか」
「そうだけど! 文句あるわけ?」
少なくとも半べそかきながら言うセリフじゃない。
呆れた。
ようやくまともな人間の言葉を喋ったかと思ったら、とんだ小物だ。
凶暴な猛犬?
これじゃあよく吠える愛玩犬じゃないか。
「……お前、そもそも俺に何の用だ?」
「あんたを連れて来いって言われてる。それが私の仕事」
「じゃあまずついて来いって言えよ。脅しの材料を持ってるなら、やり合う必要なかっただろ」
「だって、あんたに意識があるとまずいんだもん」
すねたように口を尖らせた女の犬みたいな耳が、ぺたんと折れ曲がる。
こりゃ駄目だ。
こいつは誰かに飼われてる犬。
飼い主じゃなきゃ話にならんってことだろう。
「お前には仲間がいて、そいつは俺に用事がある。そういうことだな」
「う、うん。まあ、そんな感じだよ」
「……わかった。じゃあ、ちゃっちゃとやれ」
深くため息を吐きながら俺は両手を下ろし、顔を女に向かって無防備に差し出す。
「え?」
「何を呆けてんだ。俺を気絶させるんだろうが。早くしろ」
「い、いいの?」
「ああ、いいさ。ただし、条件がある」
俺は今、とんでもなく不機嫌な顔をしているに違いない。
「頼むから、一発で決めてくれ。歯は折るな。その爪にも気をつけろよ。そして」
これだけは言っておかなきゃいけない。視線に確かな殺意を込める。
「俺の家族に何かしてみろ。お前も、お前の仲間も、必ず始末するからな」
この犬女に気絶させられてやるのは、後ろにいる奴に話があるから。
何故、この町に魔物のような奴がいるのか。
そいつらがどんな連中なのか、知るためだ。
「わかったよ……あんたがいいって言ったんだからね! 恨まないでよ!」
気絶させる方法として、犬女は蹴りを選んだ。
最初の攻撃と同じ、顎を狙ったハイキック。
やっぱり動きはきれいだな。
これなら、問題ないだろ。
やって来たのは脳が揺れる衝撃。
顎から伝わる振動に揺られ、意識が闇に沈むのを感じた。
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