甘やかされて育てられた少女が迷宮で生き抜く話

短髪ちゃん

1章

第1話 少女とメイド

推定経過日数121日目。今日も空は星の煌めきで覆われている。


ここは地下迷宮、ダンジョン、など呼び方は人によって様々だが"オルフェリウネ大陸で最も危険な場所"という共通認識がある。


上中下深の基本の4層から成り立ち、それぞれの層でさらに危険度第5〜1級領域に分かれている。各階層ごとに環境が全く違い順当に洞窟の層もあれば空と太陽すらある階層も存在している。そしてなんといってもが存在しないのだ。それはまるで一つの世界としてそこにあるかのようにどこまでも行けてしまう。

ゆえに一度座標を見失えば最悪一生帰れなくなる。毎年数人行方不明者が出ていると昔読んだことがある。


簡単に言うと地下迷宮は異世界の扉になっていた。


さてこの迷宮、やはりというか当たり前ではあるが探索、攻略というものが存在し各階層のボスを倒す事で次の階層へ移動できる。

また、登録を済ませればこのボス部屋を介して登録済みの階層に移動できるようになっている。そのため攻略は非常に重要であり現在その前線は下層の第3級領域まで進んでいるわけだが……




非常に、まことに申し上げにくいことに私エレナ・ランハリエは現在深層にいた。

今日も必死に生きてます。


いやぁ…本当に………






「どぉーーーーしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」





エレナの悲痛な叫びは輝く夜空に吸い込まれて消えていった。




**********




ある時お母様に熊のぬいぐるみが欲しいと言ったことがある。

それまで特に物を欲しがらなかった事もありすぐに買ってきてくれた。お父様に本が欲しいとねだったことがあった。やはりすぐに買ってきてくれた。

お菓子をねだれば一流のシェフに作らせた一品をもらえた。

そこで幼いながらに私は自分が特別であることを信じて疑わなくなった。


学校へ行き周囲の人間との違いを自覚するとその考えはより根強くなった。

自分の思い通りに行かなければ憤慨し、害されるようであれば泣き喚く。そんなことを繰り返しているうちに周囲から人は居なくなっていった。


12歳の時いじめにあった。学校で勉強をし他の時間は本を読んでいるだけだったため、家でも同じだと思い学校へ行かなくなった。


ある日の事、自室で迷宮探索記録全集を読んでいる時だった。


「エレナお嬢様、昼食の準備が整いました。」


今日も来た。

昼時、私の自室にユウというお付きのメイドがやってくる。毎日13時ちょうどに決まってやってくる。


「いちいち呼びにこなくて良いと言っているでしょ!毎日決まった時間なんだから分かっているわ。」


イライラをありったけ言葉に乗せてそう言い放つ。集中している時に話しかけられるのが一番いやなのだ。なのに毎日毎日同じこと繰り返してなんの嫌がらせなのか。


「ですがお嬢様、そう言って呼ばずにいたらいつまでも自室にこもりっきりではないですか。せっかくお嬢様のために作った料理が冷めてしまいます。」


メイドは少女の態度を意に介すことなく淡々と告げる。いくら怒鳴りつけても愚痴を言おうと飄々としているこの態度が本当にムカつくのだ。


確かに一度呼ばれない日もあったような気がする。まあ、どうでも良いことだ。


「お嬢様、


今日はしつこいな、


「良いからほっといてよ!これ以上しつこいと解雇するわよ!」


背中を押してメイドを部屋から追い出して私はまた読書に戻るのだった。




メイドは部屋から追い出され、バタンと扉は勢いよく閉じられてしまった。

両親は仕事で多忙であり一人娘であるエレナのお世話と家事など全てメイドが1人で回している。幸か不幸かエレナの両親はエレナと会える時にそれはもう、べっったべたに甘やかしていたため、エレナは順調にわがまま自己中心的な性格へと成長していった。


「はぁ………(お嬢様今日も可愛いです)」


実を言うとこのメイドもまたエレナをべったべたに可愛がって甘やかしていた。自分もまたエレナの性格の一因であるわけだが本人に自覚はあるのだろうか。

そんなメイドのため息は静寂に包まれた廊下に染み込んで消えていった。






それは昼食をいつでも食べられるように保存して、洗濯物を干し、入浴場の掃除を終え、夕食の仕込みを始めようと調理場に行こうとした時だった。


1匹の魔獣が調理場へと続く廊下に佇んでいた。本来なら迷宮外に魔獣がいるような状況はあり得ない。魔獣は大気中の魔力を体内で循環させることでその体を維持する、そのため魔力濃度が高い迷宮を好んで生息する。基本的に迷宮外に出てくることはない。


「なんで、こんな所に、、、」


不意にあまりにも理解を超えた状況に食材の入ったかごを落としてしまい、ゴトッと音が出た。

魔獣はそれに気づき目を向けてきて、真紅の瞳に目が合ってしまった。

それを認識した瞬間メイドの頭にはある予測が組み立てられた。


「まずい、お嬢様、、、」

追いかけてくる魔獣を撒きつつエレナのいる部屋に向かう。


無駄に広い屋敷を駆ける。中央階段に辿り着く寸前、

ドォォォオオン

大きな音を立てて壁が崩壊し、体躯の大きな熊のような魔獣が現れた。頭に生えた歪な形の角が魔獣の特徴だ。


「もう1匹⁈、、、角が、3本」


魔獣のランクは角の本数によって決まる。通常は一本であり、稀に2本持つ魔獣が存在し、一本持ちとはかけ離れた強さを持っている。そのため大抵熟練の探索者が4、5人で討伐する。

そしてメイドの前に現れた3本持ちは討伐は熟練の探索者でなければ困難とされている。3本持つ魔獣は魔獣術が使えるため回復、遠距離攻撃、身体強化など攻守共に優れている。遭遇したら即逃げるのが正解だ。


魔獣は瞬時に攻撃態勢に入り、青いエネルギー弾を生み出しメイドに向かって放出する。


「っぶな、、、」


普通のメイドならばここで即死である。

しかし攻撃を腕を犠牲に紙一重で後ろに飛んで直撃を免れることに成功した。


「痛っ、、」


続いてくるエネルギー弾を全て紙一重で避けるとメイドは魔獣の懐まで入り込み地面に片手で手をつき体を捻りバネを生み出し脇腹に一発蹴りをかました。


メイドはとても強かった。


そもそも屋敷の仕事からエレナの世話まで1人で回すなど普通のメイドには出来るはずはない。彼女の持ち前の身体能力の高さと体の扱い方は天才的であり本人にその自覚は無いが仮に地下迷宮の探索者になっていればトップランカーになっていた未来もあったかもしれない。

エレナの両親はその能力を見込んで彼女にエレナのメイドになってもらったという経緯があった。


吹っ飛ばした魔獣が戻ってくる前にメイドはエレナの部屋に急ぎ向かう。





*********



メイドを追い出して探索全集を読み進めてしばらく経ち、ふと顔を上げると窓から覗く空は茜に染められていた。美しさと寂しさを感じさせる。時計に目を向けると針は17時を示していた。


「もうこんな時間。」


流石にお腹空いてきたな。ユウは、この時間なら台所か。

廊下を歩きながらふと窓の外に視線を向けると、羽の生えた黒い何かがそこに居た。


「何、あれ?」


は今までの人生で一度として見たことのない異質な姿をしていた。

見るだけで体の芯から震え上がる。呼吸は自然に出来なくなり、喉からカヒュゥと音がする。


とうとう足に力が入らなくなり床にへたれこんでしまう。


何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ何あれ


自分の体がうまく動かないことと眼前にいる存在が放つ威圧感でパニックになる。


その時窓のガラスがガシャンと壮大に音を立てて割れ蛇のような魔獣が入ってくる。頭上には角が光輝いていた。


やばい、非常にやばい。生まれて初めて死にそうな状況に、理不尽に、いじめられた時ですら出ては来なかった涙が溢れてくる。

廊下の壁際にずるずると後退りする。


魔獣はエレナの気など知らずに無遠慮に無慈悲に近づいてくる。

とうとう眼前に迫ると大きな口を開く。牙から垂れる毒が床に付着すると同時にジュッと音を立ててぽっかり穴が空いた。


ひっ、い、いやだ、、、、。死にたくない、よ。誰か。ユ、ユウ、、、。


「助けて!ユウゥぅぅぅぅぅぅぅぅ!」



叫ぶと同時に魔獣の顔が廊下の端まで飛んでいった。視界の端で黒を基調として白いラインがよく映えるいつも見るメイド服を捉えた。


「無事で良かったです。お嬢様。」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る