第20話
椀子蕎麦ならぬ椀子丼状態のかつ丼を食べながらのお説教という、恐ろしい時間から二週間。
戦闘能力はあるけれど、探査や素材採取といった部分の実力が分からないから追試験と言われて、期限は特に決められていないけれど早めに片付けてしまおうという訳で迷宮に来た。
本当は即日入るつもりだったんだけど、オーナーから自動車等運転免許を取ってくるように言われて、早瀬さんから取っておいて損はないということで取りに行ってた。
※自動車等運転免許は探索者用の物で、自身の足で走り回るのを抑制するための物で、年齢制限は無し。
戦車並みに頑丈で新幹線並みの速さで動く物体が、自転車以上に機敏に動き回っていると考えたら、とてもじゃないけどやめてくれという話。
オーナーからの命令ってだけで、なんか嫌な予感はするんだけどね。
今日来ているのは迷宮の五階層。この階層にある木材を取ってくるのが今日の目標。
なんでも建材として非常に優秀だから、それなりに高いお値段で取引されるんだって。とはいえ。普通は重いし邪魔だから十人ぐらいで組んでやるから、一人当たりの実入りはよくないとか。
「ラーラ、十人がかりの仕事を一人に任せるのっておかしくない?」
「鈴音がいるから大丈夫かと」
確かに鈴音がいれば攻撃と防御の両方とも任せられるから、後は私が丸太を動かせればいい話。
現に、鈴音は複数の大根を盾でお手玉しながら、一体ずつ順番に輪切りにしてるし。
ただね。女の子に丸太持ってこいとかひどくない? 私はか弱いなんて言う気はないけど、乙女なのよ。丸太を担ぐか引き摺るかした女の子って乙女か?
そんな話をしながら歩いていれば、五階層のかなり奥にある雑木林に到着。
さて伐採にを始めようかと思っていたら、奥の方から騒がしい音が聞こえてくる。
「ねぇラーラ。音が近づいてきてない?」
「近づいてきてますね。音からするとかなりの重量物が走っているようです」
この階層に重量物なんていないはずだから、嫌な予感しかしないんだけど。
すぐに走りだせるように身構えながら林から少し距離を取ると、音が大きくなってきて少し横の方から一人の女の子が飛び出してくる。同い年っぽい?
「あ! やばっ。追われてるから逃げて」
「追われてる?」
一応女の子に並走を始めると、雑木林から三メートル位の岩人形が飛び出してきた。しかも、四体も出てきたよ。
「ラーラ、通報は?」
「それが、通信状態が悪くて連絡が取れません」
岩人形の足もそれなりに早いし、見通しが良すぎて隠れるのも無理。迎撃しかないか。
ちらっと横を見ると、向こうも私を見ていて目が合う。
「佐世保紅葉です。通信状況が悪くて救援要請出せません」
「花野波奈です。私の責任だから引き付けます」
「息も絶え絶えで言われてもね。私が迎撃するから逃げて」
身体強化を全力でかけながら前に出した右足を軸に体を反転させつつ、左足を更に後ろに伸ばして急制動。止まる間際に左足に力を込めて蹴りだすことで一気に前進。
二歩で先頭を走る岩人形に相対すると、勢いのままに飛び上がって顔に相当する部分にドロップキックを決めて、その反動を旨い事利用して大きく飛ぶ。
蹴った岩人形は後続を巻き込んで倒れたのを確認しつつ、着地予定地点を見ると、花野さんが立ち止まって鞄を漁っていた。
何してんのかなと思っていたら、鞄からティアラを取り出して頭に乗せる。
地面に着地して衝撃を逃しながら、軽く跳ねて感覚を確かめている花野さんを見る。
「花野さん?」
「笑わないでくださいね。メイクアップ!」
花野さんが叫んだ瞬間、どこからともなく現れたスポットライトの光が花野さんを照らし始め、花野さん自体も輝き始める。
軽くステップを踏み始めて、くるっと回って笑顔を浮かべながら体を軽くたたくと、よく見る探索服からふりっふりの魔法少女的な淡い白い服へ変化。
続けて両手、両足と触れば、長手袋にレースアップのミドルブーツ、腰回りには猫耳のついた小さなポシェット。
顔の方もかわいい系の化粧からナチュラル系の薄化粧になってる。
「あなたに届け私の愛! メイズガールフラワー!」
キャピキャピしたポーズを二・三決めた後、両手でハートを作って胸の前に持ってくるとウィンク。同時に現れる花吹雪。
そして、訪れる静寂。
「……あの、無反応もつらいんですけど」
「あ、ごめん。つい。似合ってる」
真っ赤な顔で若干涙目の花野さんに拍手。
「ううう。恥ずかしい。と、兎に角、この状態なら時間稼ぎ位余裕です。佐世保さん今のうちに」
覚悟を決めたような顔をする花野さんを見ていると、ラーラと鈴音から突き刺さる視線。いや、言いたいことは分かるけどね。
「花野さん、ちょっとだけ待って」
「ちょっとって、なんで……」
不思議そうな花野さんを見つつ、恩寵を起動させる。
「変身!」
一連の動作をきっちりこなして変身をこなす。
「迷宮戦隊メイズアース!」
名乗ると同時に背後で派手に爆発。
そして訪れる静寂。
お互いに真顔で歩み寄って、すごくいい笑顔で握手。だって、理解者に会えたから。
「花野さん、波奈さんって呼んでいい?」
「えっと、波奈でいいよ。紅葉って呼んでいい?」
「勿論」
「さて。一人だと骨が折れそうだったけど。期待していいかな。ちなみに強撃型格闘戦主体」
「私だと攻撃が通るか微妙だったけど、任せて。多段型魔法戦主体だけど、近距離攻撃が好き」
「魔法少女なのに近距離?」
「近距離で打てば威力が上がるし、拳に纏わせるとさらに威力アップ!」
それって殴った相手が爆散するでしょ。いい笑顔で拳を握らないで。
ちなみに。近接にする理由は、魔法を打つ時は足を止めないといけないからだって。
空中でもいいんだけど、数秒は足を動かさない条件があって、拳の場合は条件がないんだって。
「それなら、鈴音お願い」
「分かった」
「どういうこと」
鈴音が盾を波奈の前にもっと来ると、波奈の目が丸くなる。
「この盾を足場に打ってみて。駄目でも、足場にすれば立体的に戦えるでしょ」
「紅葉って、結構ぶっ飛んでるタイプだね」
「鏡って知ってる?」
どちらともなく笑った後、土人形の方へ視線を向ける。
「さて。土人形も体勢を立て直したみたいだし。いこうか」
「そうだね。いこっか」
岩人形の方へ体全体を向け、半身を引いて駆け出す体勢をとると、波奈も横に立って駆け出す態勢をとる。
特に合図もなく紅葉が走り始めると、波奈は鈴音の盾に乗って魔法を放つ体勢で並走する。
先手は波奈の多段魔法。花が開くように弧を描いた魔法弾が土人形に向かっていく。
一つずつはそれほど威力がないが、衝撃は強く土人形達の動きが止まる。
その動きが止まって一塊になっている土人形の先頭にいた一体に、紅葉のドロップキックが突き刺さる。
威力を重視した紅葉の一撃は、先程とは違って胴体に大きな罅が入りながら他の個体を巻き込んで倒れこむ土人形達。
後ろに飛ばずにその場に降りていた紅葉がその一体の足を掴むと、横に回転しながら振り回し、勢いが付いたところで体を捻りながら大きく飛び上がり、横回転から縦回転に変更。
紅葉が飛びあがったところで、波奈は紅葉の真下を通り抜け、立ち上がろうとしていた個体の中で左側にいた個体に魔法を纏った一撃を叩きこむ。
波奈は爆裂を伴う一撃に片膝をつく個体に目もくれず、その場に留まらずに全力で飛び上がると、鈴音の盾が回り込んできたのでそれにしがみつきながら、下に向けて魔法弾を放つ。
波奈の魔法で動きが止まっているところに、紅葉が振り回していた個体を空中で器用に体勢を変えて蹴り落とし、他の個体や地面とぶつかって轟音を立てる。
「波奈、さっきの一体砕ける?」
「任せて」
盾の上で構えた波奈の魔法弾が連続で着弾して土人形達の体を削っていく。
その間に飛び上がって高いところまで来た紅葉は、地面を向いた鈴音の盾に着地。
盾を地面代わりに飛び出した紅葉の右腕に、砕かれた土人形の欠片が集まっていき、巨大な右腕を形成していく。
引き絞られた紅葉の右腕が土人形達に突き刺さり、轟音と一緒に砂塵と土塊が噴出して着弾地点を覆う。
少し離れたところに着地した波奈が唖然としていると、砂塵を突き破って紅葉が隣に着地する。
二人揃って呆然と砂塵を見上げていると、鈴音の盾が合体する音で我に返る。
「……紅葉、派手にやりすぎじゃない?」
「波奈こそ、途中で魔法の連打は派手だったと思うよ」
「どっちも派手ですが、マスターの方が頭おかしい光景でしたね」
「ラーラ!」
「私もそう思うよ。だって、ゴーレムをぶん回しながらあの高まで飛ぶなんて普通じゃないよ」
「波奈まで」
波奈が笑いだしたから紅葉も続けて笑い出す。なお、琴音はお母さんはすごいのと言っていたから、味方はいないらしい。
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