第19話
一層まで戻ってきて、迷宮を出るまであと少し。
小休止の後眠ったままの真琴を背負いなおして歩き出したところへ、ラーラが急に近寄ってくる。
「マスターのあの格好と名乗りのことですが、頭大丈夫ですか?」
「ひどい。娘がひどいよう」
聞いてほしくない、できれば忘れてほしい事柄を穿り出してくるなんて、なんてひどい娘だ。
「ですが、そうとしか見えない光景でしたよ」
「特殊行動型技能の恩寵版なの」
指定された行動に沿って技を使うと威力が大きく向上するものが有る。
それと同じように、特定の行動を行えば戦闘能力が大きく向上するのが私の恩寵。
ただ、ただひたすら恥ずかしい。魔法少女できゃぴきゃぴするよりはましだと思うけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「だからマスターは恩寵を使いたがらなかったわけですね」
「どうしても必要な時以外は、よ」
今回みたいに必要なら使うよ。たとえ後で羞恥で身もだえすることになっても。
「羞恥で真っ赤な顔のマスター。ありですね」
「なにがかな? ラーラ」
どこでこんなこと覚えてきたんだろう。
「しかし、ロマン一徹の店員がロマンの塊だったなんて。オーナーが狂喜しそうです」
「想像できるわ」
絶対に小躍りする。あの人はそういう人だって思う。
「というか、興奮しすぎて何を言っているのか分からないですね」
「……あれ、もしかしてオーナーも見てるの?」
「念のため、送っていました」
あぁ。こっちもろくなことにならない気がする。しょうがない。早いところ戻って不破先生の部屋に引きこもろう。
出口の近くで変身状態を解除し、迷宮からでたところで外で待機していた救護隊の人に真琴を預ける。
「佐世保さん。お疲れ様です」
肩の荷が下りて一息入れていたら、鬼瓦さんが話しかけてきた。
「お疲れ様です。来てたんですね」
「騒ぎが多きれば大きいほど、どさくさに紛れて悪さするのが出やすいからね」
実際、探索に行けないことを理由に、受付の人を恫喝してお金をせびっていた人がいたらしい。
「早瀬さんが外にいるのに、勇気ある人がいたんですね」
「あ、ノーコメント」
鬼瓦さん。苦笑している時点でノーコメントの意味がないよ?
しばらく鬼瓦さんと話していたら、五階層にいた人たちが帰還してきた。全員ボロボロの中、自力で歩けないほどの怪我をした人はいないようだった。
帰還者の中に鈴音も混じっているのが見えたからほっとしていたら、急に肩を掴まれる。
「佐世保さん、確保です」
「いや、良い笑顔で何言ってんの?」
「まままま。ちょっとこっちに行こうか」
鬼瓦さんに肩を押されて辿り着いたのは、探索センター内の会議室。
座らされて待っていると、部屋を出ていく鬼瓦さんと入れ替わる形で入ってきたのは校長先生。
「佐世保さん。探索センター内に引き上げていた生徒の確認を呼び掛けてくれていたそうですね。本当にありがとうございます」
「いえ、やれることやっただけなんで」
全生徒の確認が終わり、一番怪我をしていたのが真琴。後は骨折などはしているけれど自力で歩ける程度らしい。
それで済んだのは、最初に駆け付けた探索者だけでなく、鈴音の活躍も大きかったようで。
「複数の盾による防御で、疑似的な結界みたいになっていたそうです」
分離状態になるにはラーラの操作が必要だったけど、移動中に分離状態へ移行させていたそうだ。流石ラーラできる子。
和やかに話していると、鈴音が会議室に入ってきて横に飛んでくる。
後で盾も含めて念入りに見ておかないと。……? どうやってドア開けたの?
気になってドアの方を見ようとしたら、急にやってくる威圧感。咄嗟に席を立って逃げようとしたけど、両肩を抑えられて席へ逆戻り。
「まだ話は始まってないわよ」
「逃げちゃだめですよ」
顔を上げてみたら、いい笑顔の早瀬さんと、血で真っ赤に染まりながら笑顔の不破先生。
「あ、不破先生、お怪我を――」
「全部返り血だから大丈夫ですよ」
笑顔で言わないで。というか、不破先生怪我一つとしてしていないらしい。こわっ。
助けを求めて校長先生の方を見るも、見てわかるほどに震えてるし、視線は私の顔に固定されている。
校長先生助けてください
ごめん、無理
そんな会話を視線でやっていると、目の前にかつ丼が置かれる。何事かと思えばいつの間にか戻ってきた鬼瓦さん。
「小説や漫画、ドラマでよく見かけたこともあるかつ丼です。一種のロマンですよね」
「それは認めますけど、取調室じゃないし、犯人じゃない」
というか、そんなロマンあるんですかね。ロマンというよりあこがれだと思うんだけど。
「それじゃ、始めましょうか。事情聴取とお説教を」
満面の笑みを浮かべた早瀬さんの一言により始まったお話は、数時間に及びました。
なお、かつ丼は味がしなかったです。
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