第16話

 朝起きていつも通りに顔を洗って顔を上げたとき、正面に人影を見て固まる。

 しばらくそのままでいて、ようやくそこにいるのは鏡に映った自分だと理解した時、部屋の方から不破先生の声が聞こえてくる。


「佐世保さん、どうかしましたか」

「……あ、不破先生。大丈夫です」


 返事を返した後、振り返ろうとしたら勢い余ってくるりと一周回ってしまった。

 今度は慎重に体の向きを変えて歩き出した二歩目、足を出した感覚がなくて焦ってしまい勢い良く踏み出した足が床を踏み抜いてしまう。


「佐世保さん⁉」

「マスター⁉」


 なんか今手をついたらそれも床を貫きそうで、必死に態勢を整えていると不破先生とラーラが洗面所の入り口に現れる。


「力加減が効かなくて、どうしよう」

「落ち着いて、そのままじっとしてね」


 不破先生は後ろに回り込むと、脇の下に手をまわして持ち上げてくれる。

 そのままリビングに行くと、椅子の上に座るように置かれる。


「マスター、急にどうしたんですか?」

「えっと、なんでだろう」

「……佐世保さん、もしかして目が見えてますか?」

「は、はい。見えてるけど、どうして」

「魔導具はどうなりました?」

 

 魔導具? あ。そういえば、これの効果で見えないはずだった。

 慌てて魔導具を触ると、懐かしい画面に見慣れない文字が浮かび上がる。


「各種能力が基礎値を超過した為基礎訓練を終了します。この後は強化訓練になります?」

「一定条件で効果が止まったりするタイプでしたか」


 魔導具には時々そういうものが有るらしい。有名なのは逃げる時に脚力上昇する指輪型の魔導具。


「基礎訓練終了おめでとうございます」

「ありがと、ラーラ、鈴音」


 鈴音も少し離れたところでクラッカーを鳴らす絵を表示してお祝いしてくれているし、不破先生も手を叩いてお祝いしてくれる。

 

「さて。今日の予定は変更です。認識している体の状態と今の感覚にずれがあるから力加減がうまくいかない状態です。そのずれをなくすために柔軟を中心にしましょうか。急に動くと危ないからゆっくりね」


 恩寵を受取った時に大幅な身体能力の向上があった時、感覚が違いすぎて怪我をすることが多いらしい。


 ほぼ無意識でやれるようになっていた強化と感知を一度止めてみたけど、それでもズレがあるのか妙にふわふわした感じがするから、とにかくゆっくりと柔軟をこなしていく。


 何とか一通りこなしたところに、不破先生が朝ご飯を持ってきてくれたんだけど、口を大きく開けた状態で固まるのを自覚してしまった。

 なんせラーラと同じ大きさのオムスビと、どんぶりサイズの豚汁。


「先生、それ朝ご飯の量じゃない」

「朝ご飯よ?」


 逃げたい。逃げたいけど、今迂闊に動けば部屋を壊しかねないから逃げられない。

 観念して食べ始める。具もたっぷり入っているみたいで、かなり重い。


「そういえば、食堂のメニューは確認していないけど、大盛りもあるんですね」

「大盛りはあるけれどこの量は作ってくれませんよ」

「え、じゃあ、これは?」

「ボウル二つにご飯を敷き詰めて真ん中におかずを入れて、こぼれないように合せてから何回か振り回して、最後に軽く握れば完成。簡単にできますよ」


 ※通常このサイズだと自重で崩れます。真似するならお茶碗でやってね。


「先生の優しさがいっぱい……ですね」


 なんか口から出そうになったのを必死にこらえる。

 それに。はっきりと不破先生の食事風景を見たのは初めてだけど、先生も同じもの食べてたんだね。

 なんで微笑みながら食べていけるんだろう。なんか怖い。


 先生に見つめられながら何とか食べ終える。意外と入るんだね。動きたくない。


 少し休んだ後に柔軟の再開。一通りこなしたら、少し前からこっそりやっていた太極拳に切り替える。 

 

 不破先生とラーラに手伝ってもらって覚えることができたけど、何故か不破先生も気に入ったらしく、 最近体の切れが良くなったとかなりご機嫌だった。

 

 今の状態には有効だったみたいで、やっていくうちに感じていた違和感がなくなっていく。

 

 それはそれとして。なんか視界の端で、ラーラが地球儀をまわす時みたいに高速回転してるし、鈴音は態々分離状態になったうえで自身が横回転しつつ盾も鈴音を中心に横回転していて、気になってしょうがないんだけど。


「ラーラと鈴音、さっきから気になってたんだけど、なんで回ってるの?」

「なんとなくです」

「なんとなくです」

 

 二人そろってなんとなく。まぁ、鈴音は鍛錬になるからいいとして、ラーラは暇だったのかな。


「佐世保さん。期末の探索試験ですが、参加でいいですか」

「期末の探索試験?」

 

 普通の学力試験とは別に、迷宮内に設定された特定の地点まで潜っていき、印を持ち帰る、スタンプラリー的な物を行うらしい。

 一年生は五階層までの間で、五か所を回ることになる。


「生徒の半数は既に五階層までは踏破しているので、心配はあまりしていませんが、佐世保さんはまだ踏破していないので大変とは思うけど」


 まだまともに探索していないのは知っているから少し心配らしい。少しだけなのは、鈴音が十分な戦力になるから。


「でも、鈴音任せでいいの?」

「扱い的には佐世保さんの武器と防具扱いなので、問題ありません」


 なお、試験自体は少し前から始まっていて、今まで言わなかったのは単に私が探索をできる状態じゃなかったから。


 久しぶりの探索になるから、慎重にいかないとなんて考えていたら、激しいドアノック。

 不破先生が応対に向かうと、扉の向こうにいたのは校長先生。


「迷宮内の浅い場所で普段出ない魔物が多数出現したと連絡が入りました。生徒も大勢入っていますので、至急救援に向かっていただきたい」

「分かりました。すぐに向かいます」


 不破先生が奥の部屋へ入る手前で、一度停止する。


「佐世保さん、先に探索センターに行って情報を集めてもらえますか?」

「え、外に出ていいの?」

「緊急事態なので、ここよりはあっちの方が安全です」

 

 あ、そうか。先生は全員迷宮に入るのか。それなら、まだましか。


「分かりました。ラーラ、鈴音、行こう」


 ラーラを右の後ろに、鞘に入った鈴音が左後ろに引き連れて学校を飛び出すと、探索センターへ。

 探索センターの受付に行くと、早瀬さんを見つけて声をかけながら近づく。


「早瀬さん、浅いところに出た魔物と学生の情報ってありますか」

「5階層の中程に大鬼が十数体、学校の教員含め戦える人が行っているけど、数が多いのと多数の学生がいることで防戦になって苦戦中。優子は来るの?」

「すぐに来ます」


 そんなことを言っている間に不破先生の姿が見えたから、鈴音の盾内に格納していたチョーカーを取り出して、不破先生に渡す。


「佐世保さんこれは?」

「遠隔操作用の魔法具(もどき)です。鈴音を連れて行ってください。かなり状況が悪いみたいなので。(状況は道中鈴音から)」

 

 肝心なところは小声で伝えると、少し迷ったようだけど素早くチョーカーを付けて鈴音と一緒に迷宮の中へ走っていく。


「後は待つしかできないわね」

「やることありますよ?」


 不思議そうな早瀬さんを連れて、探索センター内に戻ってきていた学生の確認を行っていく。

 勿論、すべての生徒を知っている訳じゃないから、クラス毎に協力者を見つけて確認作業を進めてもらい、確認できない生徒は学校に連絡して確認をしてもらう。



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