第9話
「証言は無理そうね。後は調べられるだけ調べたいけど、その前に」
呆れたような大きな溜息をこぼした早瀬さん。額に手を当てて頭を振る人初めて見た。
「紅葉ちゃん、目が見えなくて仕事できるの? というか本当に見えてないの?」
「そういえば、普通に歩いているし、スマホの位置も分かっていたみたいだね」
「訓練用の魔導具で、五感遮断中です。他のところも制限付いているけど、命力と魂力でどうにか」
腕に着けた魔導具を指さしながら説明すると、早瀬さんがカウンターを漁ってハリセンを取り出して私の頭に一閃。
いい音が鳴りました。 じゃない。それ、実は魔導具になっていて、打撃時に良い音がすると軽い電撃を流す仕様だから、突っ込みに使うの禁止なんですよ。
「店長に使うのはいいのか」
「酔い覚まし兼用なんで」
「物騒ね。で、仕事は?」
「整備ぐらいは何とか」
事務処理は紙に書いてある字を判別できないから、どうやっても無理。
事務所に戻って伝票を二人に見てもらうと、未完了の物が結構あるみたい。
整備室の横にある保管庫に移動してみると、点検作業待ちの武具がずらり。はっきり言って珍しい光景。
ざっと見てみた感じ、結構無茶な使い方をして点検に持ってきた感じか。
「結構面倒なのと戦って消耗した感じですね。で、持ち込みが増えて、責任感の強い先輩が気力を振り絞りすぎた感じかな。早瀬さん、迷宮で何かありました?」
「最近、異常行動とか通常とは異なる動きをする魔物が多数報告されているわ。たまった仕事を処理しようと無茶したのかしら。責任感があるのも考え物ね」
「いや、まあ、事件性はなさそうでよかった」
後は先輩が無事に生きて帰ってきてくれればいいんだけど。
「では、事件性がなかったようなので、これで失礼します」
鬼瓦さんを見送ったところで、早瀬さんが抱き着いてくる。
「で、紅葉ちゃん。ご飯食べてるの?」
なんだろ。なんか寒気が走る感じがする。
「不破先生に助けてもらいましたので、食べてますよ」
「あら、優子に。食トレで大変だったんじゃない?」
「大変でしたって、知ってるんですか」
「幼馴染なの。今でも一緒にご飯食べに行っているから、あの子の食べる量は把握しているもの」
「幼馴染ですか。だからあの寒気も同じ感じがしたのか」
「紅葉ちゃん、寒気って、なんのは・な・し?」
今! 今出しているその圧が原因です!
「あ、だ、誰か来たみたいですね~」
何とか逃げ出したかったから店頭へ移動してみたら本当にお客さんがいて驚く。それはそれとして、なんかピッタリ後ろにくっついてくるの怖いんだけど。
「いらっしゃ……いま……せ」
「あら、優子じゃない」
早瀬さんが答えを言ったからわかるよね。なんで不破先生が来るのさ。しかも武装状態で!
「あらら。何かあったの?」
「ちょっとした事件よ。優子はどうしたの」
「武器の点検。それと、佐世保さんの様子を見に来たの」
「そっか。あ。そうそう。丁度、私たちが幼馴染だって話をしていたら、寒気がって納得していたのよ」
ああ! ちょっ! 早瀬さん、まっ――。
「あらあら。どういうことかしらね」
「ね。どういうことなのかな」
圧が! ものすごい圧が出てる! 寒気が止まらないんだけど⁉ 逃げたいけど、肩に早瀬さんの手が食い込んでいて逃げられない!
「ねぇ?」
「ひぃぃ」
許してください! もう言いませんから! 誰か! 誰か助けて!
「え、ええとですね、あっ。不破先生武器の点検ですよね」
そそくさと受取り票を取り出すと、日付を記入してから(記載するべき内容は覚えているから、見えなくても大丈夫)、不破先生の返事を待つ。
しばらく我慢していると、圧を引っ込めてくれたのでようやく一息つく。
「仕方ありませんね。昨日から奥に行っていたんだけど、妙に硬い鋼系の小型ゴーレムが群れで出てきて、もうくたくたです」
紙に記入してもらっている間に、カウンターから出て武器の様子を確認すると、柄がちょっと曲がっているし、魔精石は砕けて粉になっているみたい。
「相当無茶な使い方したみたいですね。不破先生、怪我は大丈夫ですか?」
「ちょっと手首が痛いぐらいだから大丈夫よ」
「優子がそこまで消耗するようなゴーレムの群れねぇ。本格的に調査しておくべきかしら」
「そうしてくれた方が安心できるわ。で、どのくらいかかりそう?」
「先輩が来てくれれば三日ぐらいかな。連絡取れるか分からないから何とも言えないです」
「困ったわ。念のため戦える状態にしておきたいんだけど」
今、迷宮に入っている学生が多いから、教員は全員武装して救護に行けるようにしている必要があるとか。
不破先生の場合、今回は予定外の遭遇戦で怪我人を守るために撤退できなかったから無茶を通したんだと。
「しょうがないか。ちょっと無茶するんで、不破先生怒らないでくださいね」
デコピンが来る前に壁から引出してきた台車に大槌を乗せてもらい、預かり証を不破先生に差し出す。
「今すぐにやります。少し待っていてください」
「順番無視していいの?」
「早瀬さん、うちの店の名前、知ってますよね」
「何の関係が?」
「ロマンには義理人情友情と感情の爆発がないといけないそうですよ」
つまり、それらがあれば仕事の順番を変えるぐらいで、文句は出てこないってことでもある。
……それでいいのかなぁと思わないこともないけど。
「呆れた話ね」
早瀬さんと不破先生は、こっち側っと。
そんなことを考えながら武器を整備室へ運び込むと、早速柄を探しに在庫品を漁るっていると、近くに寄ってきた不破先生が柄を触り始める。
「佐世保さん、柄の太さを変えるってできますか」
「できるけど、ありますか?」
今までのと同じ物はあったから、心配はないんだけど。
「んー。あ、これ。いい感じですね」
不破先生が手に取って素振りをしているのは、今までの物と太さは同じ。
「優子、それ同じじゃないの」
「でも、しっくりくるのよ」
「ふーん。どうなってるの?」
不思議そうに首をかしげる早瀬さんと不破さん。
同時にグリンって感じでこっち見ないで、怖いから。
不破先生から柄を受け取ると、すぐに理由が分かってドン引き。
「これは重さが四割ぐらい増えてるやつですね」
「……優子、まだ力が強くなってるのね」
「まぁ。だから最近軽かったのね」
これを軽いって、どんだけですかね。というか、もしかして柄が曲がっていたのは力が余っていて思わずだったりするのかな?
それはそれとして。柄だけとはいえ重いからさっさと交換する。ロマンとか言ってる割にはこういうところだけは、やりやすいようにしてくれるんだよね。
「これ、加減重付なんで魔力の消費量は増えるけど、加重、減重が思いのままです」
「調整が必要そうですね」
その辺は勝手にやってください。
天井から吊るして他のところを点検していくけど、問題はなさそう。念のため魔法陣を書いた板と魔精石を交換しておく。
「これで終わり。魔精石の予備を持っておいた方がいいんじゃないですか」
「交換する手間より、重くならないかしら」
「脳筋ね」
さっすが早瀬さん、恐れしらずな突っ込み。ただ、静かに圧をかけあうのやめてくれないかな。怖いんだけど!
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