第5話
朝の日課を済ませると、探索センターに入る。
向かうのはバイト先じゃなくて探索総合受付。通称カウンターと呼ばれるそこで、迷宮の探索申請を行う。
申請といっても、書くのは目的地とおおよその時間、中に入るメンバー。
予定していた時間までに帰ってこない時に、何か異常が発生したってことで救助隊が組まれるための物。
書かなくても罰則はないんだけど、何かあった時に助けてもらえる確率はかなり低くなるし、通りすがりに助けてもらった時に問題になる可能性もある。
最近では探索記録用のドローンがあってそれが変わりになったりもする。
場所や状況をすぐに把握できるという利点がある為、探索申請書を書かない人も多くなってきている。
ただ、探索センターだけでは監視の目が足りないため、一般の人でも確認できるようになっているせいで、探索よりも人気取りに終始するものが出るようになったりしているそうだが。
ま、私の場合は関係ないんだけど。なんせ目的地は1階、奥までいかないぐらいの場所だから、申請書を出した途端鼻で笑われるだけ。(実際、今も馬鹿にしたような目で見られた)
感じの悪い受付を終えて、迷宮の中へ入る。
ここの一層は草原。草の丈は十センチも無いぐらいだから、視界も良好だし、歩行に支障も出ない。
そんな場所に出るのは、百センチ前後の手足が付いた大根。こいつら、ボクサーと同じ動きと攻撃を繰り出してくる上に、パンチ一発の威力は、重量級の格闘家と同じぐらい。
今日は入口から近い、道から外れた場所でシャドーボクシングしているのを見つける。
深呼吸してから、大根の正面に立って構えると、大根も胸? の前で拳を打ち合わせた後、軽くステップを刻み始める。
にじり寄りながら、大根の様子を観察。この大根、結構個体差があって、目の前にいるのは若干腕が細いから、威力より早さって感じかな。
間合いの外で一度止まって、思いっきり息を吸ってから一気に飛び込む。
先ずは軽く左でパンチ。軽く横によけたところへ右を繰り出すも、大根はスウェーで避ける。
体勢を戻すと同時に繰り出される左フックに左手を添えてから外へ力を流し、続けて繰り出された右手を、大根の左側面へ前進することで躱し、踏み出した右足を軸に右で振り下ろすように攻撃する。
攻撃が当たる寸前、大根は地に伏せるかのように深くしゃがみ込むと、反動も利用した拳のアッパーカット。
歯を食いしばって体をのけ反らせてぎりぎり躱すと、その勢いのまま後ろ向きに倒れこむと、転がって距離を取り立ち上がる。
体制を整えたとき、大根も着地して体制を整える。
再度間合いを詰めると、ジャブの応酬。この大根、この時ばかりはステップをやめてどっしり構えてくる。互いに相手の拳を弾きながら自分の拳を叩きこまんとする。
「……っ!」
素早い攻防の中、少しずつ防御が間に合わなくなってくる。攻撃をやめて防御に集中し、何とか距離を取りたいが隙がない。
焦っていると、両手を大きく弾かれて大きな隙が生まれる。
「しまっ――ぐぇっ」
がら空きのお腹に大根の右フックが突き刺さる。
攻撃を受けて前のめりになったところへ、すかさず左のアッパーカットが顎に直撃。
膝立ちとなり隙だらけのところへ、大根が渾身の右フックが左頬に炸裂。
攻撃を受けた衝撃のままに倒れこむと、痛みと顎を打たれた衝撃で力が入りづらい中、必死に転がって距離を取って体を起こすと、目の前に大根。
咄嗟に顔の前に腕を出して防御態勢をとると、そこへ大根のドロップキックが突き刺さり、後ろに倒れこむ。
防御はできたけど、ちゃんと構えられなかったから受け止められずに倒れこみ、頭を打つ。
痛みで動けなかった数秒の間に、大根がマウントポジションを確保。
繰り出されるパンチの嵐を防御を固めて耐えようとするけど、大根の手が細いために、何発かは防御をすり抜けて顔にあたる。
数発分の痛みで防御が緩んだところでさらに数発。意識が朦朧としてきたところで、大根に何かが当たって視界から消える。
ぼんやりしていると、聞こえてくるのは笑い声。
「ぷっ。大根にボコボコにされているなんて、だっさ」
「ね。才能ないよね」
クラスメイトか。暇な人たちだなぁと思っていたら、何か液体をかけられる。
あー。泥水か。口に入った。
「よく似合ってるわ、泥まみれで」
「あっはっはっは、似合いすぎ」
笑い声が遠ざかった後、誰かが近くに寄ってくる。
「紅葉、大丈夫?」
真琴が私の顔を覗き込みながら声をかけてくる。
「相手なんかしないで向こうにいけば」
「そうはいかないよ」
ろくに戦えない私を笑い蔑むクラスメイトの中で、ただ一人普通に接してくれる真琴。元々底抜けにお人好し。
ちなみに。真琴はクロスボウを使った中距離戦闘系。激しく動く中での命中精度は群を抜いていて、プロの人も注目しているらしい。
大分落ち着いたところで上半身を起こして座り込むと、なんか泣きそうな真琴の横に置かれた武器に視線がいき、拾い上げて観察する。
木材で要所を鉄で補強している、比較的軽量のクロスボウ。弦は引くのを軽減するためにハンドル付き。
すごく大切に使われているようで、汚れは少ない。けど。
「なんか、歪んでる。 最近、まっすぐ飛んでる?」
「え。あ、うん。ちょっと左に寄るかな。分かるの?」
検査をしている訳じゃないからはっきりとは分からないけど、クロスボウの軸に歪みがある感じがする。
それに、木製部分に僅かなへこみ。何かを咄嗟に防御した感じかな。
「店に持って行って、修理した方がいいんじゃない」
「修理ってどこに持っていけばいいのかな」
困った様子で聞いてくる真琴。これは、真琴に限らずほとんどの学生に言えることだけど、武器の手入れを店に持っていくことはほとんどしない。
なんせ、学生が使うのは量産品が殆ど。使えなくなったら新しいのを買えばいいやと考えているから、点検、修理を店に頼むなんてことをしない。
そのうち、いくつかの武器や防具を使いつぶした後、経済的な理由(奥の方にいる魔物に有効な武具は滅茶苦茶高い)から、節約のために点検、修理をするようになっていく。
真琴の持っているこれも、量産品。
「普通は買ったお店。でも、量産品ならどこの店でもやってくれるよ。嫌そうな顔はされるけど」
武具を売っている店の人は、基本的に自分の店の商品に愛着がある。だから、それ以外の商品は仕方なしにやる感じになってしまう。
当然、オーダー品とかの場合は、購入店以外はお断りになる。
「そっか。でも、どうしよう」
「愛着があるの?」
「実は買い換えたいんだけど良いのがなくて、これを使い続けているの」
なんでも、威力がありながら軽量が良いそうで。そうなると、既製品では満足できないかもね。既製品だと、威力に比例して重量も増えるから。
「そういえば、店にクロスボウがあったような」
「そうなの? どこのお店?」
あの店にこの子を連れて行っていいのかな。なんだか知らないけど、罪悪感があるんだよね。ま。いいか。たぶん助けてくれたのは真琴だろうし。
「あるかどうかわからないけど、それで良ければ行く?」
「うん。お願いします」
迷宮を出て手続きを終わらせると、そのまま頑固一徹へ。
店頭で寝ていた店長に呆れつつ、真琴に待ってもらって事務室にいた先輩に声をかけてから倉庫に入ると、クロスボウ探し。なんか増えてるなぁ。
結構奥の方にいたそれを引っ張り出して、店頭に戻る。
「見つけたよ。気に入るといいんだけど」
普通は見えている上部が覆われている鉄製のクロスボウ。ただ、ボルトをセットする部分が回転式のボルトアクションタイプになっているせいで、だいぶ怪しさがある。
「これ、クロスボウなの?」
「発射機構がレールガンなだけで、クロスボウ? だよ」
威力を増やしたいからってレールガンを仕込んで超加速させるとか、頭いかれてるよね。
(本来なら発生するいろいろな問題は、魔法を使うことで解決させている)
「ボルトは鉄系統なら市販品でも大丈夫。問題は、魔精石の補充を忘れると干からびることかな」
いろいろと無茶をしているから、魔精石なしに使うのは潤沢な魂力が求められる。まさにロマンの塊……らしい。
「ちなみに、お値段はこれくらい」
電卓でお値段を見せると、真琴の頬が引き引き攣る。
「結構高いね」
「それがね、普通に依頼で作って販売するときの、半分以下だから大変お買い得」
ロマンを求めて作られた一品だから、実は試作品扱いの物が多い。それゆえに、いつ壊れてもおかしくないし、実戦で使い物にならないかもしれない。
それと、実戦使用のデータを提出してもらう。それらを理由として本来の値段よりだいぶ安くなっている。
そんなことを説明すると、真琴は少し悩んだ後どこかへ連絡を始める。
寝ている店長を床に転がしてクロスボウを梱包、初期使用の魔精石と鉄製ボルトを纏めておいておく。
本当ならどの武具店でも、素人のうちはあまり良い物は勧めないんだけど、こういう試作品とかの場合は別。通常品より扱いが難しいうえになんといっても試作品。
武器自体の調整もあるし、使い方の調整も都度しなければならない。変な癖がつく前の方が望ましい。ということで早めの使用を進めることがある。
まぁ、通常よりはるかに大変な思いをすることになるんだけど。
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