第6話
日が昇る前に起きだすと、グラウンドでストレッチをしてから走り込み。今日は少し曇り空で、比較的過ごしやすい朝。まぁ、夏ではあるから時間がたてば暑くてしょうがない状態になるけど。
「おーい、佐世保。後で一番のー会議室にこーい」
指一本をまっすぐ上にあげた岩淵先生が遠くから声をかけてきたら、大きく手を挙げておく。
それから十数分後、走り込みを終えて言われたとおりに第一会議室に行くと、校長先生と岩淵先生に加えて、二度と会うことはないだろうと思っていた原さんが座って麦茶を飲んでいた。
なにこれ。とりあえず、喉乾いたからお茶をもらおう。
「さて、早速ですが。佐世保さん。これ、ばらしてくれませんか」
原さんが机の上に置いたのは謎の箱。どうやら迷宮産らしく、技術者が必死になって調べても明けられなかったらしい。
「プロが開けられない物を学生に持ってこないで」
「佐世保、口調、口調に気を付けて。それと、喉乾いているのは分かるけど、ちょっとお茶を置こうか」
岩淵先生がお母さんみたいになっているから、お茶を一気飲み。学長が呆れたって顔してる。
「情けない話だけど、ま、体面ってやつを気にしてもしょうがないので。あ、中身は記録とったら差し上げます」
スルッと譲渡に関する書類が出てくる。なんでこんなことに。
仕方なく箱を手に取って調べてみる。
これは……命力と魂力の二つを使って開ける感じか。えっと、パズルになってる。
ちょっとだけ動かせるようになった命力と魂力でパズルに取り掛かる。見た目はあれ、箱根の寄せ木細工の仕掛け箱。あー、壊したい。
一度空中に投げ上げた後、お茶を飲んで一息ついて、落ちてきた箱を掴んで再開。
「昨日も思ったけど、君はずいぶん器用なことをしているね」
「原さんのことを疑っていたわけではないんですが、佐世保がここまでできるとは」
「佐世保さんはどういう生徒ですか」
「今時珍しい、まっすぐ芯がある真面目な生徒ですね。少し、太すぎる気がしますが」
うっさい。気が散るから本人のいないとこでやってよ。
周りの声を無視して作業すること数分、何とか開けることに成功する。
原さんへ渡すついでに、開け方を伝えておく。
「お疲れ様です。さて、中身を見てみましょうか」
中から出てきたのは輪が四つと紙。原さんが紙をつまみ上げる。
「原さん、それって?」
「迷宮内で見つかった箱、通称は宝箱ですが、時としてこのように紙が入っています。記載されているのは、同時に入っていた品物の大雑把な説明書です」
説明をしてくれながら写真を撮ったり、書類に何か書き込んでいく。
「これは、装着者の体に負荷をかける道具で、主に訓練用と書いてありますね」
ささっと記録を取った原さんが腕輪を渡してきたから、今つけている重りと交換する。
「使い方は、どれか一つの腕輪を撫でると設定できるようになるそうです」
言われたとおりにすると、空中にパソコンの画面みたいなのが浮かび上がる。
他の人には見えていないらしい。
設定できる項目は、体への負荷、命力への負荷、魂力への負荷、感覚への負荷。
段階を設定はできないようで、使うか使わないかの2択。
「ありがとうございます」
「いや、こっちも助かりました。分からない物が有った時はまた来ますね」
「くんな」
「佐世保、言葉遣い!」
私一般人。やばそうな世界は関わらないの。
呼び出しも終わったから、グラウンドに戻ってくる。
手に入れた魔導具を早速使ってみる。
体への負荷は、一気にずしっと重みを感じて背中が丸くなる。かなり気合を入れないと座り込みそう。
命力と魂力はそもそも感知を終えてようやく循環ができるようになったところ。
負荷は、気持ちやりづらいと感じる程度。気のせいかもしれない。
後は気になる感覚への負荷。一度設定すると、最低一日は変更できないらしい。
今日はいいとして、明日は一日バイトの予定。店長にメールしとけばいいか。
やることやってから、早速設定してみる。
途端、視界は歪み、音は遠ざかり、匂いがしなくなった。更に、体が揺れているのに気が付いたけど抑えられない。
このままだと倒れそうだから、慎重にしゃがむ。地面に手が付いたはずなのに、触った感じも柔らかくて曖昧な感じ。
座っているのもしんどいけど、目をつむって集中。
あ。この状態だと命力と魂力が感じやすい。
ちょうど良い訓練になりそう。だけど、きつい。
「佐世保? おい、どうした」
遠くから誰かの声らしきものが聞こえてくる。何を言ってるのか分からないけど、一度目を開けて音が聞こえてきた方を見ると、なんか大きなものがいる。
「おい、大丈夫か」
「あー。大丈夫です」
「まったくもって大丈夫そうに見えん。触るぞ」
視界が高くなった。ふわふわしすぎて、吐きそう。
「もう少し頑張れ」
ぼやけた視界で分かりづらいけど、おそらく救護室らしき所につくとどこかに寝かせられる。
「岩淵先生、事案ですか?」
「嫌な誤解するな。グラウンドで倒れていたから連れてきたんだ。名前は佐世保紅葉だ」
「警察はいらないのね。佐世保さん、聞こえますか」
「誰かに揺らされて気持ち悪い」
「やっぱり警察呼ぼうか」
「ま、待て待て、洒落にならんぞ」
なんかコントしてる気がする。
「冗談は置いて、異常はなさそうだけど?」
「魔導具使ってみた……」
なんか猛烈に眠いから、おやすみなさい。
ふっと意識を取り戻して目を開けてみると、だいぶましになっていた。なんというか、異常なことに慣れた?
体を起こして改めて体を伸ばし、ゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。
安定しないのは変わらないけど、ゆっくりなら移動できるかな。
「あら、おはよう。佐世保さん」
相変わらず声が遠いし、くぐもって聞こえる。
「えっと、小野瀬先生? おはよー」
「こっちに座って……歩ける?」
「時間ちょーだい」
確実に一歩ずつ歩いて示されたと思われる椅子に近づいてゆっくりと座る。
「大分ふらふらしているけど、大丈夫?」
「だいじょばない」
一応、状況は説明しておく。正直、何喋ってるのかも怪しい。これ、大丈夫なのかな。
「状況は分かりました。ついでに、その状況なら何を言っても駄目そうってことも。お説教は後にしましょう。部屋に戻れる?」
「はーい、頑張りまーす」
「ちょっと待ってなさい」
少し大げさな手振りで待つように指示されたので、椅子の背もたれに凭れて感覚に集中すること数分。
「失礼しますね」
救護室に入ってきたのは、声からすると不破先生。会いたくない先生が来たなぁ。
「あらあら。しょうがない子ですね」
なんか不破先生の声はしっかり聞こえる。生存本能のなせる業か。
「佐世保さん、行けますか」
「いきまーす」
気合入れて立ち上がると、不破先生に介添えしてもらいながら必死に歩く。なんか汗が止まんない。
校舎を出て外に出て寮に向かって歩いていると、遠くから視線を向けられていることに気が付く。なんか笑われている感じもする。
が。次の瞬間空気が凍る。思わず背筋が伸びると同時に、鈍っているはずの感覚が冴えていくのを感じる。
誰だ不破先生怒らせたの。ぼやけているから誰か分からないけど、なんてことしてくれる。
少しして、遠くの視線が消えたと思ったら空気も元に戻って、ほっと一息つく。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど大丈夫じゃない」
心臓止まるかと思った。不破先生のことが見えなくてよかったけど、きっと目が笑ってなかったと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます