第7話
その後は何事もなく寮の中にある自室に戻ってこれた。
ベッドに腰かけると、不破先生が何かを持たせてくれる。感覚的にはビニル袋?
「ちゃんとご飯食べないと、ね?」
食べる気分じゃないんだけど、不破先生が怖いから集中して袋を開ける。
匂いは、分からない。近づけてみて観察すると、丸い何か。菓子パン? 総菜パン? 中身を押し出して恐る恐る嚙みつく。
……味わかんない。味覚も駄目になってるのか。それに、噛んでる感覚も怪しいから、喉に詰まらせないように気を付けないと。
途中、不破先生に何か飲み物を貰いながら完食。
「また夜に様子を見に来ますからね」
「はーい」
不破先生が部屋を出ていくのを見届けると、大きな溜息を吐く。
不破先生はふわっふわした外見、優しげな声を持ちいつも微笑を浮かべる癒し系な人なんだけど。
前衛型の探索者で、迷宮内の敵生体だけでなくその辺にいる同業者も含めて、敵である場合は例外なく血祭りにしてきたことで有名。
私がそれを知っている理由は、バイト先の店の顧客だから。血塗れのあんなもん使ってる人とは関りを持ちたくないと思っていたのに、かなり身近にいると知った時の衝撃よ。
※不破先生が使っているのは、強烈な風を噴出して振り抜く補助機能付き、接触時に反応する爆発機構付きの大槌(打撃面の大きさは二メートル)。
所謂、ブースターと爆裂機能付きの巨大ハンマー。重量は一tを超える。
紅葉が整備を担当するときは、毎回何かを叩き潰した痕跡と、どす黒い赤色になっている。
ベッドの上で仰向けになると、目を瞑って全身の力を抜いていく。
やはり、命力と魂力が分かりやすい。
本当に負荷がかかっているのかって疑問になるぐらい、動かす感覚が変わってない。
どーしてこうも動かしづらいんだろう。よく聞くのは血液と同じようにって話だけど、どうも違う感じがする。どうしたらいいんだろう。
そもそも、液体って感じじゃないんだよなぁ。なんか、こう、もっとドロッとしてて、水飴みたいな感じ。
あ。練ってみるか。命力、魂力の湧き上がる根源たる場所で、捏ね繰り回してみる。やけくそになってないかと聞かれれば、そうですと胸張って言える。
だって、本当にしつこいぐらい動かないんだもん。自棄になるわ。
どのぐらいやっていたか分からないけど、ある時から急に感触が柔らかくなった。もしかしていける? こうなったら、もっと捏ねる!
なんだろ、嘆きたくなるぐらい動く。そのまま循環させてみると、するする動く。捏ねながら循環するのがきついけど、今までに比べたら楽。
いっそのことと思って、捏ねながら、循環させて、体の細胞レベルで浸透して馴染むようにしていく。
「入りますよ~」
どのぐらいやっていたのかまったくもって分からないけれど、声が聞こえてきたから目を開けてみると、不破先生が巨大な物体を乗せたお盆を机の上に置いているところが見える。
命力で目の部分強化をして確認すると、お盆の上にいたのは擂鉢に盛られた牛丼らしきもの。
「先生、それって……」
「晩御飯です。ちゃんと食べないと駄目ですよ」
その特盛の品は、仮にも倒れた生徒に持ってくる物だろうか。
「ちょっと多くないですか」
「ちゃんと食べないとだめですよ」
これ、あれか。早瀬さんと同じ感じのやつ。ただ、あの人より感じる危機感が段違いだけど。
「いただきます」
不破先生に見守られながら挑むこと一時間。意外と食べきれた。
「はい。お粗末様でした。無理したら駄目ですよ」
どっちかというと、今のご飯の方が無茶だった気が気がする。
次の日、目が覚めたから目を開けたけど真っ暗だった。とりあえず柔軟をしようと思って体を起こそうとしたけど、なんかよく分からない。
鼻を手で塞いでみたら息苦しくなったのはあるけど、手が当たっている感覚がない。
魔法具の効果が上がったのかな。
視覚、皮膚感覚は駄目になっていて、味覚、嗅覚は、今の状況だと分からないか。
聴覚は、今舌打ちしてみたけど聞こえなかったから、駄目かも。
命力と魂力は問題なし。循環も支障なし。強化はかなりやりづらいけど、できる。できるけど効果なしか。
たしか、命力と魂力で周囲の状況を感知する方法があるって聞いたとがある。やってみるしかない。
循環では体の中を通しているから体の形は分かる。でも、全体じゃない。もっとはっきり分かるように、もっと循環量を増やして、表面的じゃなくて内側も分かるように。
やがて、自分の体全部、細胞の一つ一つすら分かるぐらいまでになる。でも、周囲の状況は分からない。
体の周囲にも力を広げていくんだけど、広げることができたのは十センチもないぐらい。
それでも、体を覆うもの、被さっている物が有るのは分かる。 もっと広げたいところだけど、広がらないから焦りは禁物か。
猛烈にお腹が空いてきた。岩淵先生が言ってたっけ。命力とか魂力は思いっきり使っているとお腹が空くって。食堂まで行けるかな。
起き上がろうと思って体を起こそうとしたところ、体に接触してくる何かに気が付く。形状的には手?
とりあえず、目と耳を指さして、頬の当たりペチペチやってからを両手でペケ印を作っておくと、途端にさすような威圧感で全身の鳥肌が広がっていくのを感じる。
この感じ、不破先生か! な、何をお怒りに……。
震えていたら、ゆっくりと手が額の近くまでやってくる。デコピンの形を保ったままで。
「ぴっ」
体の芯どころか魂にまで鋭い痛みが走る。今痛覚もおかしいはずなのに、確かに痛かった。
痛む場所を抑えて身もだえ。全然痛みが引かないんだけど。あたる瞬間、確かに命力が指先に集中していたから、わざわざ強化したらしいことは分かるんだけど。
ようやく痛みが引いたところで、再度先生の手が近づいてきて体を起こしてくれる。
手を取ったと思ったら掌の上に指を置いて動かしていく。あ、文字か。
えっと、ベッドの上に机を置いたから感知? 物に命力を纏わせる?
なるほど、応用か。手を置かせてくれたので纏わせていくと、時間はかかったけど机を判別できるようになる。
何度か頷いていると、手を一旦下ろされる。少しの間を開けてからまた掌に文字。
えっと、ご飯? ちゃんと食べなさい? 残したら、またデコピン?
頭砕けちゃう!
兎に角、覚悟を決めてまずは調査。慎重に手を動かして調べていくと、
大きめな寿司桶っぽいのに山盛りの細長いもの、大皿っぽいのに山ほど乗せられた肉と何か、丼サイズの液体だということが分かる。
先生、お腹が破裂しそうな量なんですけど。
不意に頭を撫でられたので、ビクッとしてしまった。
しょうがない。お腹空いたし、逝きます。
途中手が止まった時、先生の手が肩に乗ったのを応援として受け取り、必死にお腹の中へ納める。結構苦しい。
応援ってことにさせて。心の安定のためにも。
口元をぬぐってくれた後、優しく寝かしつけられて、最後に掌に無茶をしないように、夜も見に来ます。と書いて去っていく。
一度、魔法具を触ってみたけど、見えない以上どうしようもない。
物に纏わせるか。後は、そういえば放出とかあったなぁ。あ、反響とかいいんじゃないかな。頑張ってみよう。
あーでもない、こーでもないとやっていたら、ようやくコツをつかめた気がする。
把握できる範囲は二メートルぐらいだけど、周囲の物を感知できるようになった。
記憶とすり合わせれば、なんとか生活はできそう。
体を起こしてストレッチを行い、着替えてから部屋を出てみる。
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