第3話

 今日のお昼は何があるかな。

 探索センターを出て二分の場所に、私がよく買いに来るパン屋「ハニーレイン」がある。

 甘ったるい名前のこの店には底抜けに優しい店長がいて、お金がない人に向けて失敗品などを準備してくれているから大変お世話になっている。

 ※実は子供のおやつ用に販売。結果として多くの人が買う人気商品。


「いらっしゃいませ」


 店に入ればパンの焼けるいい匂い。今日も窓際には焼きたてのおいしそうなパンがたくさん並んでいる。食べたいけど、断腸の思いでレジ横の小さな棚へ。

 この棚には、パンの耳をはじめとした端材や余りといった半端物、失敗品などが 格安で並んでいる。


 それなりに人気だから残っていないこともあるけど、今日はパンの耳に、焦げすぎた総菜パン、奇形のメロンパン等、結構なあたりだ。


 奇形のメロンパンに手を伸ばしたら、後ろから手が伸びてきてパンがさらわれていく。急いで標的を変えてパンの耳に伸ばせば、反対側から来た手がさらっていく。

 

 泣く泣く焦げたパンを手にとってから振り返ると、私を見てにやにやする女の子が二人。どちらもクラスメイトであり、いつも馬鹿にしてくる子だ。

※実際にはクラスのほとんどからバカにされている為、この二人は筆頭という言い方になる。

 

 お金を持ってるくせに、嫌がらせのためにここまでするとか、頭おかしいんじゃないかな。


 相手するのも嫌だからさっさと会計を済ませて一徹に戻る。

 焦げすぎたパンの正体は、カレーパンだった。しかも激辛の。泣ける。


 満腹には程遠い状態ではあるけど、仕方ない。柔軟体操をこなしてから、仕事を再開する。


 まず取り掛かるのは撃発機構。

 撃発機構は魔法工学と呼ばれている、魔法を利用した機工でできている。慎重にばらしていき、部品を一つ一つ丁寧に磨いていく。


 あ。核となる魔法陣が刻まれた板に大きな罅がが入ってるし、歪んでいる。これは交換になるかな。魔精石も粉になっているし、他の部品も結構ガタが来てる。

 杭も先端が潰れているから、相当固いものを貫こうとして、無茶な使い方をしたのかな。


 部品を全てバラシて確認と清掃を終えると、部品室から必要なものを取り出しつつ、記録と伝票を書いていく。


 魔法陣の板は……在庫が一つだけ。後で発注しとかないと。


「これは……」


 突然聞こえてきた声に部品室から顔を出せば、店長の数十年後といった風貌の男性が、バラバラになった撃発機構を険しい顔つきで見つめていた。


「えっと、オーナーですか」

「そうです。君はアルバイトか」

「そうです」


 とりあえず、目礼だけして作業に戻る。後は杭か。これは在庫が多すぎる気がする。在庫の確認してないのかなぁ。


 部品を集め終わったら、オーナーが見ている前で組立と交換を開始。

 オーナーの視線が鋭すぎてやりづらい。

 一通り組み立てが終わると、一度だけ試し打ち。重苦しい音と共に杭が打ち出され、、レバー操作で元の位置に戻るのを確認。

 

 再度ばらして、杭の固定部を調整する。どうやら、摩耗に合わせて調整をしていたらしく、あたりがきつくて速度が出にくくなっていた。

 再度試した結果は良好。問題なし。


 広げていた道具類を片付けていると、大きな楽器のケースを持つ探索者センターの制服を着たなんか雰囲気の怖い女性と、人の良さそうな警察官が部屋に入ってきて、オーナーにお辞儀をする。


「お待たせして申し訳ございません」

「いえ、お忙しいなか大変でしょう」 

「お気遣いありがとうございます」


 何が始まるのかと思えば、女性が持ってきた楽器ケースを作業机の上に乗せる。

 大きさ的には……チェロだっけ? 子供ぐらいの大きさのやつ。まぁ、置いたときの音は楽器とは違うようだったけど。


「今朝早くに、更衣室のロッカーの中から発見された物です。普通の品ではなさそうでしたので、関係のありそうなところに事情を確認しようという流れです」

「なるほど。佐世保さん、開けられますか?」


 少し離れたところで吊っていた大盾の表面を磨いていたら、オーナーから声をかけられた。

 空気が怖いから近寄りたくないけど、オーナーからの指名では断れないよね。

 

 仕方なく近づいて、まずは観察。

 普通の楽器ケースと違って、留め金はダミー。慎重に触診で調べていき、隠されていた留め金を見つける。

 

「これかなっと」

「開くのは少し待ちなさい」


 オーナーのほうを見ると、探索者の行動記録用に作られたドローンを準備しているところだった。

 なんか、やばいことに巻き込まれた気分。


「これで、準備よし。さて、開けてくれ」

「はい。開けます」


 カチッという軽い音共に鍵が外れたので、ケースを持ち上げてみる。


 中身は、ごてごてした機械。特徴的な部分があるから、これが何かはすぐに判明する。


「これは、銃身ですか。しかし、銃器にしては弾倉が無いですね」

「実弾じゃなくて、魔法弾だな」

 

 女性の呟きにオーナーが答える。警察官のお兄さんは、ただ興味深そうにのぞき込むだけ。


「持ち手との間に導線がないな」


 通常、魔法工学で作られた物は魔物から採れる魔石または魔精石を使うが、自身の力に自身がある人は自身の持つ魂力を利用することがある。

 そちらの方が威力等の調整ができると結構選ぶ人がいる。


「オーナー、これバッテリーですか?」


 一番下側にくっついてる丸みを帯びた部品を指さしながら聞いてみると、オーナーの顔つきがさらに厳しくなる。


「そう見えるが……これは軍に聞いた方がよさそうだ」

「分かりました。少しお待ちください」


 女性が電話を片手に部屋の隅に移動したので、私も机から離れようとしたところ、オーナーから止められる。


「今更だが。私は戸ケ里徹だ。あちらにいる女性は、ここの探索センターの副責任者で早瀬さん。そちらの警察官は、この辺でセンターとの折衝役をやっている鬼瓦さん」


 早瀬さんが遠くから目礼、鬼瓦さんが敬礼してくれたので、深く頭を下げておく。


「近くにある探索者学校1年、佐世保紅葉です」

 

 さっさと頭を上げようとしたけど、お腹が鳴ってしまった。恥ずかしくて顔を上げられない。


「食べてないのか?」

「えっと、拳ぐらいの大きさのカレーパンを一つ」

「ダイエット中かい? 探索者学校の生徒なら、食べないとだめだよ」


 オーナー。聞き流してほしかったです。鬼瓦さん、呆れたような顔をしないでください。何か心に刺さります。


「諸々の事情です」

 

 聞いてくれるな、と態度で示したら鬼瓦さんはバツの悪そうな顔で引き下がってくれた。


「……はい。分かりました。一時間ほどですね」


 どうやら話が纏まったらしい。早瀬さんがこちら側に戻ってくる。


「担当官が一時間ほどで確認に来るので、それまで保管しておいてくださいとのことです」

「分かりました。では、一度解散ですね、よろしいですか」

「かまいませんが、これ、ここに置いてて大丈夫でしょうか」

「心配には及びません。佐世保さん、金庫にしまってください」

「分かりました」


 壁に全力で蹴りを入れて、その下の床を思い切り踏みつける。

 行き成りの奇行に、事情を知らない二人分の視線が突き刺さるのを感じつつ、一連の動作でできた壁の隙間に手を入れて引っ張ると、壁が動いて金庫が現れる。


「オーナー、もうちょっと何とかならないですか、これ」

「嫌です。ロマンがなくなる」


 金庫に何のロマンを求めているんだ、この人は。


 楽器ケースを金庫に収めて壁を閉じる。ちなみに、蹴っているのは力が足りないから。一度全力で体当たりしたけど反応しなくて、ただ痛い思いをしたことがある。


 盾の整備に行こうとしたら、早瀬さんに肩を掴まれる。


「ご飯、食べに行きましょう?」

「食べましたけど」

「行きましょう?」


 笑顔が怖い。助けを求めて鬼瓦さんの方へ向くと、オーナーとロマン語りに夢中になっていて気が付いていない。

 早瀬さんに引きずられていくのを、目撃したものはいなかった。

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