第2話 

 探索者学校では、普通科目と探索科目の二つから構成されている。といっても、普通科目は社会に出て仕事をこなすにおいて困らない程度にとどめ、他の時間全てを探索科目に割いている。

 

 入学式から早数か月、時は夏休みに入ったところ。といっても、探索者学校では休みという言葉がない。

 元々探索科目も選択制で、授業を受けるも受けないも自由。授業を受けずに迷宮を探索してもよし。バイトしてもよし。休養もよし。

 最終的に試験を通りさえすれば自由。


 入学から数日後には全ての生徒が恩寵を手に入れ、学校が推奨している通りに2人以上で班を形成して迷宮の中へ入っていく中、佐世保紅葉はただ一人、全身に重りをつけてキロ単位の大きさを持つグラウンドで走っていた。


 走ること1時間。軽く息を整えたら、ヤクザにしか見えない強面で筋骨隆々とした岩淵先生と模擬戦。


 とはいっても。戦闘系の恩寵を持っているのにもかかわらず、恩寵を持たない人と大して変わりない紅葉では、戦闘系の恩寵を持つ現役探索者でもある岩淵先生が限界まで手加減したところで、掠るだけでも大怪我になる。


 冷や汗をかきながら必死に攻撃を搔い潜って攻撃をするも、防御のために手を弾かれるだけで腕が痺れる。最後は足がもつれて転んだところで終了。

 

「佐世保、だいぶ良くなってきた。だが、命術はまだ無理そうか?」

「なんとなく」


 命術とは肉体を支える生命力を基とする力のことで、気とか呼ばれている類のやつ。

 対となるものとして魂術がある。こちらは精神的な部分を支える魂を基とする力。


 戦闘系の恩寵で、剣士など体を使って戦う者たちは命術による身体強化を、魔法のような力を使って戦う者たちは魂術による身体強化が行われるようになる。


 同じ身体強化という結果だけど、肉体的に作用させるなら命術、精神的に作用させるなら魂術に高い補正がある。

 蛇足となるが、魔法は魂術の一種といわれている。

 

「この短期間でなんとなく感じる程度まで行ったなら十分だ。結局、自力で身に付けようとしたら、数年は掛かることもざらだしな」


 恩寵で戦闘系を手に入れた場合、自然と命術又は魂術による身体能力の強化が行われるため、わざわざ学ぶのは極度の変わり者と言われている。


 紅葉は恩寵を使わないで戦えるように、自力習得しようと必死になっていた。


「さて、この後どうするんだ。迷宮に行くのか?」

「バイトです。ありがとうございました」

 

 探索して手に入れた物は自分の物。換金すればそれも自分の物。ただし、食べていけるほどのお金になるのはそれなりに奥までいかないといけない。


 紅葉は家の事情で全部自分でやらないといけない。

 探索者学校は全寮制で住むところはあるが、家賃は格安というだけで無料というわけではない。

 世知辛い話である。


 紅葉は軽く汗を流した後、バイト先に向かう。


 バイト先は学校の隣、迷宮の入り口を覆う形となっている探索センターの中にある武具売り場の一つ、ロマン一徹という店で変わり種の店としてニッチな需要がある……らしい。


 預かった武具の手入れをする仕事で、バイト代がよかったから飛び込んだけど、今は少し後悔している。


「おはようございます」

「お、紅葉ちゃんおはよう。今日は特にきついのがあるけど、頼むよ」

「うぇ。何があるのぉ」


 挨拶しながら店に入った途端、店長の一言に今日のやる気がごりっと削れていく。

 恐る恐る整備室に入ると、目に入ったのは床に直置きされた戦槌。打撃部の大きさは、大柄の男性が丸まったぐらい。当然、重量はお察し。


「はぁ。最大級か」

 

 先ずは、ざっと状態の確認。重量物だから倒れたら一大事。まあ、頭の部分は四角いから安定性は抜群。問題は動かす時だけど。


「おーい、紅葉ちゃ~ん。追加だよ~」

 

 道具の準備をするために整備室の横にある工具部屋にいる間に、店長が台車を押して何かを置いていったらしい。

 道具を持って戻ってみたら、そこには鎖のついた大きな棘付き鉄球。


 大槌に鉄球。この組み合わせは、あれかぁ。


「店長。他の人はどうしたんですか」

「休みだよ~」

「ふっざけんなぁ!」

「あはは。頑張ってね~。あ、急ぎだからよろしく~」

 

 ブレイカーズと名乗っている探索者の班がある。名の知れた探索者達で、本人たちは気のいいおじさん達。ただ、この人達、武器がごつい。

 目の前にある大槌、鎖付き棘鉄球、馬鹿みたいに大きな金砕棒、壁としか言いようがない大きさと厚みで、撃発機構付きの大盾と、色物しかない。

 これを一人で手入れしろと。鬼か。


 なお、店長と入っているが、雇われ店長であり、店のオーナーは父親らしい。


 製造、研究で忙しいために店を息子へ任せているが、その息子はやる気がなく頑なに窓口業務しかやらない。

 しわ寄せはアルバイトの従業員に。その分給料はいいが。


 愚痴を言っていても終わらないので、改めて大槌の前に立つ。


 最初は汚れ落とし。頑固な汚れはあるものの特殊な薬品を使うこともなく落ちていく。なお、汚れの大部分は土や塵などが大半。


 次は、検査。罅とか欠けとかを検査薬を使いながら探して書類に書いていく。


「……ん。致命的な罅は入ってない」


 最後に磨き上げ。 大きいから面倒。だけど、一番の面倒はこの後。

 床に接している部分もやらないといけないから、動かさないといけない。長い柄の先端を持って気合とともに引き倒す。

 動き出した後は、一気に行かないよう全身で支えながらゆっくりと柄を倒していく。岩淵先生との模擬戦よりきつい。


 引き倒している間に、店長が台車で追加の物を置いていく音が聞こえてくる。

 無事引き倒してから後ろをチラ見してみると、岩淵先生と同じぐらいの大きさがある金棒が見えた。

 帰りたい。

 

 ため息をつきながら残りの部分を片付けると、床板の一部を剥がして鋼鉄製の台車をはめ込む。

 これは重量物を台車に乗せるために作ってもらったもので、床の高さと台車の乗せる面で段差がなくなるようになっている。このおかげで僅かでも持ち上げることができれば重量物を乗せることができるようになる。

 

 というわけで。台車の横に大槌をずらし、息を大きく吸って、吐いて。全身の筋肉の動きを意識して、気合とともに持ち上げて台車の上に乗せる。

 

 詰めていた息を吐き出すと同時に少しのめまい。一人でやる重さじゃないって。

 

 次は鉄球。こっちは天井にあるチェーンホイストが使える。といっても、相手が重量物だからチェーンを引っ張るのも相当な負荷がかかる。

 早いところ電動にしてほしい。


 吊り上げてしまえば後は同じ。棘が少し欠けていたりするところは、軽くやすりをかけて整えておく。

 

 小休止を入れてから、次は金砕棒。これも、金輪がついているので吊り上げることができる。重量は、さっきとほぼ同じだけど。

 テストハンマーを使って打音検査をしているとき、ごく僅かな鈍い音が聞こえる箇所が見つかる。周辺も含めて何度か叩いてみると、かなり深いところに問題がありそう。

 他に異常はなさそうだけど、深刻かも。


 最後は壁。ごめん、大盾。撃発機構で杭を打ち出せるのはいいとして、高さ二メートル、横一メートル、厚さ三十センチ。持ち主は、これを担いで高さ三メートルは飛べるらしい。

 人間やめてるよね。


 これが一番大変だったりする。といっても、大変なのは撃発機構のほうだけど。


 天井から吊り上げた状態で、撃発機構が机の上に乗る位置へ移動。固定を外して分離させると、盾は一度台車に戻して固定する。


 ここまでやったところで、お昼休憩。なんだかもう仕事したくない。


「店長、お昼行ってきます」

「は~いよ~。あ、昼は早めに戻ってきてね~」


 何かあるのか。うんざりしながら返事をして店を出る。

 今日のお昼はどうしよう。

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