第4話 わたしの従姉妹の秘密
登校時間ということもあるのかもしれないが、賤鷹高校の一年生の教室がある四階において、一際ひと気が少ない教材室や空き教室があるエリアの廊下に、わたしと母方の従姉妹で同級生の紫恵蘭の姿だけがあった。
普段、紫恵蘭には仲良く接しているわたしが、強引に彼女の手を引いてこの場所へと連れてきてしまったので、表情からかなり身構えているのが分かる。教室前でのわたしの言葉ぶりから、紫恵蘭は何かただ事ではない事が起きたのだと察しているのかもしれない。まぁ、わたしにとっては、あの光景を目の当たりにすれば大事件ではないと言うのは無理がある。
「一体、私…朱里ちゃんに何をしたの?」
「紫恵蘭さぁ…?稲葉さんと付き合ってたりする?」
「え?!オジサン、朱里ちゃんにも教えちゃった!?」
この口ぶりから想像するに、一部の近しい人間にだけは教えている感じだろうか。十六歳の女子高生と四十五歳のオジサンとの恋愛だ、色々問題になるだろうから伊藤家の人間には教えてはあるだろう。もしかしたら、わたしの母親は貴俊さんの義妹ではあるし、稲葉さんとも面識があるので、紫恵蘭が困った時のために知らされてるかもしれないが。
「ううんっ?稲葉さんからは、聞いてないよ?ただ、今朝…稲葉さんのご自宅の玄関からさぁ…?紫恵蘭が出てきたの見ちゃったんだよねぇ…。」
「ええええ!?あの時、私…周囲見渡したけど、賤鷹高校の生徒の姿なかったよ?!」
そんな紫恵蘭の言葉を聞いて、稲葉さんの自宅の隣にわたしが住んでることを本当に知らないのだと分かった。なので、まさかわたしが稲葉さんとは生まれた頃からの仲とは思いもしないだろう。
「うんっ…。それは私も紫恵蘭たちの姿を見て、思わずキョロキョロしちゃったけどね…?でも、うちの生徒の姿がなかったの確認できたから、本当ホッとした…。」
「それって…朱里ちゃん、どういうこと!?」
「きっと、紫恵蘭は貴俊さんから聞いてないだろうけど、稲葉さんの珈琲店“コルサージュ”の隣にパン屋あるの知ってるよね?」
本当に知らないみたいなので、わたしの口から紫恵蘭に教えるしかないようだ。それにしても、貴俊さんも自分の義妹の家くらい、娘に対して教えておけばいいのにとは思った。何かあった時に、伯母や従姉妹が隣の家に居ると知っていれば、きっと心強いとわたしは思うのだが。絶対にどこか抜けていて、完璧ではないのが貴俊さんの悪いところでもあり、良いところでもある。そういう彼の姿を、子供の頃からわたしは近くで見続けているので、稲葉さんと比較すると見劣りしてしまっていたのだ。
「あ!!パン屋さんあったね!!オジサンのお店行くのに、私頭いっぱいで、一度も入ったことないけど…。」
「あのお店“パン舗KOHYAMA”っていうんだけど…ねっ?」
「“ぱんほこうやま”?!ええええ!?まさか、朱里ちゃんのお家?!」
名字が英字表記にはなってはいるが、店名にしっかりと入っているので、これで分からなければ朱里は結構やばいなとは思ったのだが、ようやく従姉妹のわたしの家だと気付いてもらえたようだ。
「もしも、わたしの家だとしたら、どういう事が考えられるかなぁーっ?」
「朱里ちゃん、学校に行こうと玄関を出ようとした時、見ちゃった?」
「そう、それ!!しかも、大きな声で稲葉さんに話しかけてるから、更に…ねっ?色んな意味で大丈夫なのかなぁーって、正直わたしは思ったけど…。」
真面目な話、このことがわたしたち関係者以外に知れたら、稲葉さんはタダでは済まされないだろう。人の噂というものは怖いもので、あっという間に遠くまで広がる。今の世の中、スマホなどの情報伝達網が発達しすぎていて、容易に遠くの県はおろか海外の情報まで瞬時に、ほぼ誤差なく得ることが出来てしまう。
例えその情報が正確ではなくて、誤っていたとしてもだ。一度、拡まってしまった情報というものは、なかなか消えはせずに更に拡がり、暫くの間漂い続けることになる。
どうして、当事者ではないわたしがここまで、紫恵蘭を気にかけるのかと言えば、両親はそれぞれ記憶喪失の外国人として、当時のワイドショーで世間を賑わせ、一躍時の人となっていたからだ。
それ故か、ネット上で検索すれば、二十五年以上経った今でも…父親の頼斗の件と母親の穂夏の件が出てくる。当時はインターネットはおろか、携帯電話やパソコンも非常に高価で全然普及していない時代だったと、異世界からやって来た両親ですら口を揃えて言う程なのに。
「お願いします!!朱里ちゃん!!オジサンとのこと、秘密にしておいて貰えませんか?」
「どこまで…。稲葉さんと紫恵蘭はさぁ…?どこまで、進んでいるのかなぁ…?」
そういえば、紫恵蘭のことについて何も情報がないままだった気がする。この世界へと三百歳をゆうに超えるエルフで、魔法剣士だったわたしの母親が、異世界転移させられてきてから、日本での戸籍上の実家とも言える伊藤家。そこで彼女の義兄であり、現在は児童養護施設の“茉莉花園”園長を務める貴俊さんの次女が、紫恵蘭だ。実は、紫恵蘭は貴俊さんの実子ではなく養女なのだ。
生後間も無く、茉莉花園の軒先に置かれていたところを保護され、当時はすでに独身となっていた貴俊さんの次女として、伊藤家へと迎え入れられた。境遇的には、わたしの母親の穂夏と似ていた。それもあってか、わたしを産んだばかりの母親は、伊藤家へと里帰りしていた為、わたしと紫恵蘭は姉妹のように乳幼児の頃は、一緒に育てられたようだ。
しかし、母親が伊藤家に居る間、神山家を取り仕切る者が不在だった為、父親の頼斗と友好を深めていた稲葉さんが、色々と手伝ってくれていたようだ。そんな背景もあり、わたしの母親は神山家に戻らざるを得なくなり、紫恵蘭の面倒は茉莉花園の児童指導員の一人が、見るようになった。
ああ、あと紫恵蘭は日本人と外国人との混血児のようだ。この日本では日本人以外の血の濃さの割合で、ハーフやクォーターなどと呼ばれる。彼女の場合、欧米人でもとりわけ白人の血を引く者が両親のどちらか、または両方にいるようで綺麗な金髪に透き通るような白い肌をしている。そんな日本人離れした容姿故、紫恵蘭は純粋なエルフであるわたしたち家族と一緒にいても、全く不自然ではなかった。かえって伊藤家の人間と居ると、目立ってしまうことの方が多いくらいだ。
「絶対、学校の誰にも言わない?」
「紫恵蘭の従姉妹のわたしがぁーっ?!バカなこと言わないでよぉーっ!!こっちは心配して聞いてるのにぃーっ!!言うわけないに決まってるでしょーっ!?」
それでなければ、わざわざこんな教室から離れたひと気のない場所で話す理由もない。陥れる気があるなら、とっくに教室前などで大声で紫恵蘭に対して、今朝の件を質問していることだろう。
「朱里ちゃん、心配してくれたのに、疑ってごめんなさい。本当にありがとう。」
「ううん。でも、誰にもバレたくないんだったらさぁ?稲葉さんのお家に出入りする時は、周囲を確認して無言で素早くしなくちゃダメだからねっ?」
「私、不用心すぎだったよね?本当に、教えてくれてありがとう!!それでね?私、オジサンと婚約してるの!!だから、私たち大人の関係です。」
この言葉、一番聞きたくなかったのだが、もう既成事実なのであればどうにもならない。温かく年の離れた二人の婚約生活を、わたしは見守ることしか出来ないだろう。ショックではないといえば嘘になるが、まだそんな関係には至っていないとばかり思っていたわたしにとっては、大誤算だった。
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