第3話 わたしの従姉妹は同級生

 モヤモヤする気持ちをわたしは必死に抑えながら、自宅からゆっくり歩いて五分程の距離にある、市立の賤鷹高校までやってきた。この近さ、わたしにとってはかなり魅力的だった。他の選択肢としては、県立では賎宮高校、私立では茉莉花女学院だった。

 人間の男子との出会いを求めるわたしにとっては、共学校でなければいけなかった。よって、市立の賤鷹高校か県立の賎宮高校のどちらかでしか、わたしには選択の余地はなかったのだ。

 そうなると、賎宮高校は家から大体2kmは離れている為、歩けば三十分以上掛かるだろうし、バスだとバス停は近いが待ち時間などがあって、時間が勿体ないと思ってしまった。すると最後に残ったのは、好立地に建つ賤鷹高校だった。


 「エルフちゃん、おはよー?」


 「おはよー!!え…あれ、エルフ…ちゃん?」


 ──ガサッ…


 とりあえず、自分のクラスの教室へと入ると、クラスメイトから声を掛けられながらも一直線に自分の席へと向い、机の上に通学用のバッグを置くと大きく深呼吸した。そうでもしなければ、すぐにでも今の自分の気持ちを、大声で叫んでしまいそうだったからだ。

 この学校の中では、一応だがわたしも自分のキャラというものがあるので、あまりそれは崩したくはない。清々しい筈の朝っぱらから、まさかの従姉妹に心乱された状態のままなので、本当なら落ち着けるはずがなかった。でも、わたしを慕ってくれるクラスメイトの為にも、急いで深呼吸という形で精神統一を行ったことで、仮初ではあるが冷静を装えるくらいにはなれた。


 「みんな、おっはよーっ!!ゴメンねぇ?わたし、考え事しちゃってたよーっ!!」


 まずは完全に出遅れた形にはなってしまったが、神山家にとっては大事な朝の挨拶を返した。これは栄輔さんが、何事に対しても挨拶することが一番大事だと、わたしの父親に説いた家訓みたいなものだ。


 「えー?!頭脳明晰な朱里ちゃんでも、考え事するんだ!?」


 「『えー?!』って言いたいの、わたしの方だしーっ!!みんな、わたしを何だと思ってるのーっ?」


 「誰もが羨む知恵と美貌を兼ね備えながら、神山朱里という日本人らしい名前と、まるでエルフみたいな容姿がアンマッチすぎて、初めて会った人を思考停止させる逸材?」


 全くもう、わたしのことを褒めているのか、貶しているのか分からないが、側から見ればそう見えるのかもしれないと、悔しいが一瞬思ってしまった。そんなことよりも、隣のクラスに席がある伊藤家の次女で、わたしの母方の従姉妹を問い詰めなければならない。


 ──ギギッ…

 ──ドンッ…


 「来たばっかで本当ゴメンだけど、わたしちょっとだけ席外すねーっ?」


 このまま教室の自分の席でクラスメイトを構っていたら、朝の読書の時間が始まってしまう。自分で言うのもおかしいけれど、それだけわたしはこのクラスの中で人気があった。だから、クラスメイトに促されるまま、自分の席の椅子へと座らさせてしまっていた。でも、思い切って椅子を後ろに下げると、机の上に両手をついて勢いよくその場に立ち上がった。


 ──ガタッ…


 「えっ?!エルフちゃん、どこ行くの?」


 「うーんっ…言えないかなっ?じゃあ、いってくるからーっ!!」


 「今日の朱里ちゃん、朝から怪しさ満点!!」


 戻ってきたら、彼女たちから質問攻めになるんだろうなとは、薄々感じつつも教室から廊下へと踏み出した。そして、廊下を左手へと少しだけ進むと、隣の教室のドアの開いた出入り口の前へわたしは立った。すると、教室内にいた生徒たちの視線が、こちらの方へと集まり始める。


 「ど、どうしたんですか?!エルフさん!!」


 「わたしの従姉妹来てるかなぁ?って…思ってぇ。」


 教室の入り口付近に居た見知らぬ女子生徒から、声を掛けられてしまった。こうなってしまうと、わたしの性格上、無碍には出来ず相手をする他はなかった。


 「このクラスに、エルフさんの従姉妹がいらっしゃるんですか!?」


 自分のクラスメイトには、隣のクラスに従姉妹が居ると教えてある。まぁ、教えてあるというか、入学して間もない頃、休み時間中に従姉妹がわたしの席まで来てしまい、紹介せざるを得なかっただけだが。と言うかこの女子生徒、わたしとは初対面なのに随分とグイグイくる。


 「うんっ!!このクラスに居るんだよぉーっ!!」


 「あ!!朱里ちゃん!!」


 ──ギギッ…

 ──ガタッ…


 先程から、こちらからは従姉妹の姿は確認できていたのだが、一人だけ自分の席でスマホと睨めっこしており、わたしの存在に気付かずに居た。そうなればわたしに出来る手段は一つで、大声で喋ることだけだった。それが功を奏したようで、従姉妹はわたしの声に反応して立ち上がった。


 「おーいっ!!紫恵蘭しえらっ!!ちょっとこっち来れるかなぁーっ?」


 「はい!!朱里ちゃん、今行くね!!」


 一瞬、教室が静寂に包まれたような気がした。最近までクラス内で陰湿なイジメを受けていたようだが、茉莉花女学院の二年生で県内のスクールカーストの頂点に座する女生徒の相方になったとかで、その日を境にイジメがピタリと止まったのだと紫恵蘭本人から聞いていた。

 実は、そんな話をした後では恥ずかしい限りなのだが、わたしは賤鷹高校内のスクールカーストでは、次点に座する身だ。だから、紫恵蘭はもっと早くクラス内で、わたしの従姉妹なのだとアピールすべきだったと言いたいが、『できれば自分の力で解決したい。だから朱里ちゃんは黙って見守っていて。』とわたしは言われていたのを、ふと思い出した。


 「エルフさん、まさか…従姉妹って紫恵蘭ちゃんの事ですか?!」


 「ああっ。紫恵蘭は、わたしの可愛い同い年の従姉妹だっ!!だから、みんな宜しく頼むねぇーっ?」


 既に茉莉花女学院の二年生の影響は大きいとは思うが、あくまでもここは賤鷹高校なのだ。やはり、他校の生徒を敵対する生徒が居ないわけではない。そこで重要なのは、自分の学校の影響力のある生徒を味方につけるのが最善だ。だから、イジメの件もあるので念には念をだ。仮にも校内のスクールカーストにおいて、次点のわたしが自ら紫恵蘭との関係性を公表し頼んだのだ、効果覿面に決まっている。


 「あ、朱里ちゃん?!」


 「もう、いいからーっ!!紫恵蘭は、早くこっちに出ておいでーっ!!」


 この感じ、従姉妹というのをクラスメイトにバラされたくなかったように見える。かなり困惑した表情の紫恵蘭は、教室からわたしの待つ廊下へと出てきた。


 「もう!!朱里ちゃん!!まだ言わないでって言ったのに!!」


 「ふぅーんっ。そんなことわたしに言って、良いのかなぁーっ?」


 やはり開口一番、先程わたしがしたことについて、紫恵蘭から言われてしまったが、今のわたしにとってはそんな些細なことはどうでもいい。今朝、目の前で起きたわたしにとっての大事件についての追求を、これからするのだから。


 「え?!どういうこと!?」


 ──ギュウウウウッ…


 「ちょっと、人のいないところ行こっかぁ?」


 ──グイイイイッ…


 「待って!!朱里ちゃん!!手が痛いよ!!」


 逃げないように紫恵蘭の手を強く握ったわたしは、彼女の手を強引に引きながら廊下を進み始めた。そんなわたしの姿に、すれ違う誰もが口を出そうとはせず、息を呑んで見守るばかりだった。この状況、今日のわたしにとっては好都合でしかなかった。

 一年生の教室のある四階の奥には、授業に使う教材が置かれた教材室や、空き教室などが点在している。そこには、授業前に担当教科の先生から鍵を借りた当番担当の生徒しか入れない為、生徒は殆ど近寄らない場所になっている為、あえてわたしはその場所の前の廊下を選んだ。

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