第5話 わたしの学校の親友

 自宅から学校へ向かっていた時の、あの勢いはどこへ行ってしまったのかという程、自分の教室へと戻ってきたわたしは、勢いのカケラすら残っていなかった。あの時、踏み込んで紫恵蘭に稲葉さんとの関係と、その進捗状況を聞いてしまった事に対する、自責の念に駆られている。

 物事の中には、そんなに深くまで知らない方が、かえって幸せなこともあるということを、わたしは身をもって思い知らされたのだ。しかも、その相手がよく知っている者同士だったのなら尚更、最悪で後味も悪いしモヤモヤだって晴れるわけがない。


 ──ギュッ…


 「エルフちゃん?!何があった!?」


 ──ポンッ…

 ──ユサッユサッ…


 「そうだよー!!朱里ちゃん、どうしたのー?!」


 ──ムギュウウウウッ…


 「本当に大丈夫かしら?私が神山さんのその心、癒してあげても良いのよ?」


 トボトボと重い足取りで、廊下から教室の中へと入ってきたわたしを見て、仲の良いクラスメイトたちが駆け寄ってきた。すると、ある子はわたしの手を取ると優しく握りしめ、ある子はわたしの両肩へと正面から両手をかけ、身体を揺すってくる。極め付けのある子は、背後からわたしの身体を両腕で包み込むように前へと回して、豊満ボディを押し当てながら抱きついてきている。


 「ちょっとぉーっ!!何してるのぉーっ?!」


 「あれー?エルフちゃん、元気あるじゃーん!!」


 「もぉーっ!!皆んなしてぇーっ!!」


 誰かが塞ぎ込んでる時、こうして元気にさせてくれる仲間、いや親友と呼べる人間がわたしにはいる。もしかすると、わたし同様に人間ではない子も、混じっているかもしれないので、最近人間と総じて呼んでしまうのは少し躊躇う。


 ──ユサユサユサユサッ…


 「良いではないか。良いではないか。私とは幼な子からの仲ではないかな?」


 言われてみれば、確かにそうだった。しかし、この三人と出会った時期はバラバラだ。

 まさに今、わたしの肩を何度も揺さぶり、アメリカでは定評があるボブルヘッドのように、頭を振らせにきているのは、彼女のいう通り幼稚園からの付き合いで、名前は山本やまもと千凪ちなという。


 「やめて千凪ちゃんっ!!気持ち悪くなるからぁーっ!!」


 彼女は日本人の女性としてはスラリと背が高く、両親に似て長身なエルフであるわたしとも、目線が合うほどだ。しかも、千凪は日本人の肌ではよく見る、イエベ系で地黒といういかにも健康的な肌の持ち主だった。しかし、インドア派で生まれつき視力が悪く、常時眼鏡が必要な彼女は、成長していくうち自分の外見に対し、他の人から言わせれば贅沢すぎる理由で、コンプレックスを抱えてしまった時期もあった。


 ──ユサッ…ユサッ…ユサッ…ユサッ…


 「ほれ?この通り、ちょっと加減すればよいのかな?」


 そんな多感な時期を迎えた千凪だったが、ブルベ系で人間離れした白肌のわたしとはそれまでと変わらず、平日の放課後はほぼ毎日のようにわたしの自宅に寄っては、一緒に勉強したり遊んだりと接してくれていた。そのことからもいえるように、彼女のコンプレックスは肌の色ではない。ただ、彼女の中では非常にデリケートでプライベートな話になるので、わたしの口から語るのはこれくらいにしておこう。


 「うっ…。気持ち悪くなってきたぁーっ…。」


 「おーい、千凪?加減になってないぞー?」


 肩を揺さぶり続ける千凪に対して、わたしの手を握りながらそう指摘しているのは、小学校時代からの付き合いで、その頃から変わらず“エルフちゃん”と呼んでくる、若林わかばやし早紀さきだ。背は日本人の女性の平均程だが、女子にイケメンと言って良いのか分からないが、非常に整った顔立ちだ。それでいてブルベ系のピンク肌の持ち主な上、しっかり出るところは出ており、脳内がバグる感じだ。


 ──ユッサッ…ユッサッ…ユッサッ…ユッサッ…


 「じゃあ、こんな感じならよいか?」


 「いやいや、もっとダメでしょ!!酷くなった!!」


 当時、小学校内でわたしのことを“エルフちゃん”と呼び出したのは、何を隠そう早紀だった。小学生ながら早紀はファンタジー系のラノベを愛読しており、わたしと一緒のクラスになった初日のことだが、急に彼女がテンション高めに近づいて来て、そう言ってきたのだ。

 その頃のわたしは、早紀が純粋にエルフに憧れを抱いているとばかり思っていたが、成長して色んな情報を得たわたしは、最近になってあることに気付いてしまった。なんとなくお分かりだと思うのだが、早紀はエルフの女性に対してしか、性的な興味を示さないことだった。

 高校生になりお年頃になってきた四人は、週末誰かの家に集まって恋話をすることがある。その際、早紀のする妄想話だけは一際異彩を放っており、明らかに早紀とわたしのカップリングにも聞こえるような内容なのだ。身近な同年代でエルフのような風貌をしているのが、わたししか居ないので、彼女は重ねて話しているのかもしれないし、実際そういう関係を望んでいるのかもしれない。

 先程、千凪を紹介した際は、デリケートでプライベートな内容だからと割愛した筈だと、突っ込まれるかもしれない。でも、わたしにとって早紀は親友ではあるが、色んな意味で危険でもある紙一重な存在であることを、知ってほしくてついつい話してしまった。もう既に何度か、わたしと早紀が二人きりになった隙を突かれ、壁ドンされてキスされかけているとは、二人には言えない。


 「うっ…。うぷっ…。」


 ──ガシッ…ガシッ…

 ──グイッ…グイッ…


 「もう、山本さん?いい加減に、おやめになられたらいかがかしら?」


 背後からわたしを抱きしめていた手を解き、両肩にかけられた千凪の手を、自らのそれぞれの手で掴むと、揺すれないように引き離してしてくれたのは、大川おおかわ葉菜果はなかだった。彼女は、小学生までは静岡茉莉花女学院に在籍していたが、中学から市立鷹匠中学校へと編入したという異彩な経歴を持つ。

 説明していなかったが、静岡茉莉花女学院は小中高の一貫教育で、編入する場合は高等部からとなるが、余程何かに秀でた生徒でないと難しい。余程な事がない限り、エスカレーター式で進学できる環境に居たのにも関わらず、葉菜果はわざわざ高校進学するには、受験しなければならない市立中学へと、一年生の四月に編入というか入学してきた。


 「いやいや、葉菜果さん!!絶対、ズルいよそれ!!」


 ──シュッ…シュッ…


 「私の手を拘束しておくとは、早紀ちゃん!!良い度胸してるのぉ?」


 彼女の実家は貿易を営んでおり、伊藤家とも肩を並べるくらいの資産家のご令嬢だ。容姿は、四人の中では群を抜いて背が低いが、イエベ系の色白な幼い顔をしているが、それとは対照的に豊満ボディでギャップが凄い。

 困ったことに、彼女が小学生の頃の話なのだが、茉莉花園の中庭で遊んでいたわたしの姿を、茉莉花女学院の小等部の校舎から見ていたようで、それがキッカケとなったらしいのだ。

 ただ、葉菜果からはわたしに対しての、ボディタッチなどのスキンシップはあるものの、早紀みたいに直球で迫ってはこない。それ故に、わたしに対しての彼女の感情が、親愛的なのか恋愛的なのかが未だに不明だ。


 「段々、カオスになってきてるからさぁーっ?一度、わたしの席の周りに移動しよっかぁ!!」


 「そうですわねぇ?私は神山さんの意見に賛成するわ?」


 ──ムギュウウウウッ…


 「そうだね。教室の入り口で始めちゃったからね?」


 「三人の意見には、絶対にだけど私は反対させてもらうね?」


 意見としては三対一ではあるが、わたしの身体を葉菜果によって後ろから抱きつかれている為、歩こうにも歩きづらい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

わたしの耳は長い 茉莉鵶 @maturia_jasmine

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ