第4話 「発酵という名の進化」
ある夜、村田は冷蔵庫の奥から異様な匂いを感じ取った。
「……なんだ、この香ばしいような、酸っぱいような……。」
おそるおそる手を伸ばし、取り出したのは、一週間以上前に買ったヨーグルト。蓋を開けると、表面には細かい泡が立ち、強烈な発酵臭が立ち込める。
「おお、これはまた……強烈な個性を持った存在が現れたな。」
背後から響く、冷蔵庫の中の哲学者——トーフ・デカルトの声。
「ちょっと待てよ、お前の言い方だと、これが進化したみたいに聞こえるけど、ただの腐敗じゃないのか?」
村田は眉をひそめながら言った。
「それが人間の浅はかさよ。」
「……なんだと?」
「腐敗と発酵の違いを考えたことがあるか?」
村田はしばらく考えたが、明確な答えが出ない。
「……腐敗はダメなもので、発酵はいいもの、ってこと?」
「単なる価値観の違いに過ぎぬ。発酵も腐敗も、どちらも微生物が働く結果であり、ただ人間が有益と判断すれば発酵、害があるとすれば腐敗と呼ぶだけのこと。」
「じゃあ、このヨーグルトも発酵ってことか?」
「適切な環境と管理があれば、な。しかし、制御されぬまま進んだ変化は、やがて人間にとって受け入れがたいものとなる。腐敗とは、制御を失った発酵とも言えよう。」
村田は少し納得したような表情を浮かべた。
「じゃあ、人間の成長も発酵みたいなもんか?」
「その通り。人は経験という時間を重ね、試行錯誤しながら自らを熟成させる。しかし、時に環境が悪ければ、その成長は望まぬ形に歪み、腐敗へと至ることもある。」
「なるほどな……。じゃあ、俺の人生も発酵してるのか?」
「おぬしはまだ途中段階だろうな。味わい深くなるか、ただ腐るか、それはこれからの環境と選択次第だ。」
村田は苦笑しながら、ヨーグルトの蓋を閉じた。
「よし、とりあえず俺はこのヨーグルトを食べる勇気はないから、今日は発酵のことをしっかり考えてみることにするわ。」
「それがよい。考えることこそ、精神の発酵だからな。」
冷蔵庫の奥から聞こえる哲学者の声に、村田は静かに頷いた。
——こうして、村田は自身の人生の発酵について、じっくりと考え始めるのだった。
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