第2話 「賞味期限と存在の儚さ」

村田はスーパーの食品売り場を歩いていた。


「賞味期限か……。」


昨日の夜、冷蔵庫の奥で哲学を語る豆腐と話して以来、彼の頭の中には奇妙な疑問が渦巻いていた。


「食材って、賞味期限を過ぎたら本当にダメなのか?」


牛乳のパックを手に取り、裏のラベルを見る。


「2月28日……今日が3月1日だから、アウトか?」


だが、トーフ・デカルトの言葉がよみがえる。


『期限を超えた瞬間、価値は完全に失われるのか? それとも、まだ使い道があるのか?』


「……飲める気がする。」


試しにカゴに入れ、他の食材も買い足して帰宅した。


冷蔵庫を開けると、トーフ・デカルトはすでに思索にふけっていた。


「村田よ、どうやらおぬしも考え始めたようだな。」


「まぁな。お前の話を聞いて、賞味期限って本当に絶対なのかって気になってな。」


「良き問いだ。では、おぬしに問おう。もし食材が賞味期限を超えた瞬間、完全に腐るというなら、それは何によるものか?」


「……時間、かな?」


「では、その時間とは、誰が決める?」


村田はギクリとした。


「そりゃあ……メーカーとか?」


「メーカーが決めた期限に従い、おぬしは食材の価値を判断する。しかし、それは本当に正しい判断なのか?」


村田は沈黙した。


「例えば、この冷蔵庫の中にいる賞味期限切れのヨーグルトはどうか?」


トーフ・デカルトの指し示す方向を見ると、ドアポケットに1週間前に期限を迎えたヨーグルトがあった。


「おぬしは、このヨーグルトを食べるか?」


村田は迷った。


「うーん……匂い嗅いでみて、いけそうなら食べるかも?」


「ふむ。では、もしこのヨーグルトが哲学的思索を持っていたとしたらどうだろう?」


「……ん?」


「ヨーグルト自身が、自らの価値をどう捉えるか。もし彼が『まだ私は美味しい!』と主張したら、おぬしはどうする?」


村田は想像した。


『俺はまだ食べられるんだ! ちょっと期限過ぎただけで捨てるのはやめてくれ!』


そんなヨーグルトの声が聞こえるような気がして、思わず笑ってしまった。


「なるほど。結局、価値を決めるのは俺自身ってことか?」


「その通り。人間社会でも同じことが言える。ある者は『年齢』を理由に見捨てられ、ある者は『学歴』を理由に価値を低く見積もられる。しかし、それは本当に正しい価値判断なのか?」


村田は考え込んだ。


「……俺も、昔仕事を辞めたとき、自分にはもう価値がないって思ったことがある。」


「だが、今こうして生きている。おぬしが価値を持つかどうかは、おぬしが決めることだ。」


村田は冷蔵庫の奥を見つめ、ふっと息を吐いた。


「……なんか、お前の話を聞いてると、人生が少し楽に思えてくるな。」


「それでよい。我々は皆、存在し続ける価値があるのだからな。」


村田は賞味期限切れのヨーグルトを手に取り、そっと蓋を開けた。


——大丈夫そうだ。


スプーンを入れ、一口食べてみる。


「……普通にうまい。」


「おぬしの勇気に、哲学的喝采を送ろう。」


「お前、ほんと変な豆腐だよな。」


トーフ・デカルトは冷気の中で微笑んでいるようだった。


冷蔵庫の中で、哲学は今日も深まり続ける——。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る