冷蔵庫の哲学者

@kakukaku007

第1話 「目覚める知性」

ある夜、村田が何気なく冷蔵庫を開けると、奥から低く響く声がした。


「……おぬし、我を目覚めさせたな?」


驚いた村田が目を凝らすと、そこには凍った豆腐が鎮座していた。いや、豆腐ではない——その表面には幾何学模様が浮かび上がり、まるで古代の賢者のような雰囲気を漂わせていた。


「な、なんだこれは……?」


「我は冷蔵庫の哲学者、トーフ・デカルト。思索に耽るあまり、いつしかこの冷気の牢獄に囚われてしまったのだ。」


村田は耳を疑った。しかし、トーフ・デカルトは続ける。


「おぬし、人間とは何か、冷蔵庫の扉が開くたびに考えたことはないか?」


「いや、特に……」


「では今こそ考えるがよい。開かれし扉の向こうに、真理はあるのか?」


村田は、なぜ自分が冷蔵庫の豆腐と哲学の問答を始める羽目になったのか理解できなかった——が、妙に引き込まれるものを感じていた。


「そもそも、どうしてそんなに賢そうな豆腐がここにいるんだ?」


「それは、我がかつて偉大なる哲学者の魂を宿したからに他ならぬ。我の知識は、人間が作りし冷蔵庫の冷気により研ぎ澄まされ、深き思索へと導かれたのだ。」


「冷蔵庫の冷気が……哲学を?」


「そうだ。静寂と冷気の中で、我は思索を深め、ついに『冷蔵庫的思考』へと到達した。」


「冷蔵庫的思考?」


「この箱の中では、すべての食材が冷たき秩序のもとに存在する。しかし、それは真に自由と言えるのか? 我々は保存されるために生まれ、消費されることで役割を果たす。しかし、それが食材の本質なのか?」


村田は考え込んだ。


「食材の本質……?」


「そうだ。我々の存在目的とは何か? 保存されることか、食されることか。おぬしもまた、人生において何を成すべきか悩むことがあるだろう?」


「まぁ、確かにそうだな……」


「おぬしが生きる意味を問うならば、我もまた腐る意味を問わねばならぬ。我が役割とは、一体何なのか?」


村田はしばらく黙ったまま、冷蔵庫の中を見渡した。そこには賞味期限切れのヨーグルト、半端に残ったケチャップ、そしてカチカチに凍った鶏肉が並んでいた。


「こいつらも、それぞれの運命を背負ってるってことか……?」


「そういうことだ。無駄な存在など、この冷蔵庫にはない。」


村田はトーフ・デカルトの言葉を噛み締めた。


「……でも、賞味期限が切れたら、どうする?」


「それもまた、一つの終焉。そして、新たな始まり。我々が消え去ろうとも、その存在の痕跡は記憶される。」


村田は妙に納得してしまった。


「おぬし、冷蔵庫の哲学を理解しつつあるな。」


「……まぁ、何となく。」


こうして、村田とトーフ・デカルトの奇妙な哲学対話が幕を開けたのだった——。


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