スラムの現実
街を歩いていたら、急に誰かがぶつかってきて、気がつけば俺のお小遣いをスられていた。
盗られたのは銀貨がほとんどだから、金額的には大したことはない。金貨は『異次元収納』にしまってあるしね。
……問題は、その犯人が俺と同じぐらいの年齢だということだ。
そんな幼い子は本来、守られて育つべきである。が、こうしてスリに手を染めているということは……
「そうしなければならないほど、生活が困窮しているということか……」
この国は冒険者が多く、他の国との交流も多いから活気に溢れている。
だが裏を返せば、親を失ったりして孤独となった子供が多いということでもある。
孤児院もあるが数は十分ではなく、入れない子がほとんどだ。孤児院にも入れなかった子は、どこかで奴隷としてこき使われるか、スラムで身を寄せあって生きていくしかないのだ。
つまりこの一件は、単に子供が起こした小さな事件ではなく、この国の未来を暗喩した大きな一件なのである。
「次期国王(内定)としては、孤児問題も何とかしなきゃだよなぁ……」
その場で腕を組み、眉にシワを寄せて唸る。
『何とかする』なんて簡単に言うけど、今すぐどうにかできるものではない。そもそも『冒険者』なんて言う職業が普通にあるこの世界で、孤児を無くすなんてほぼ不可能。社会福祉も無いようなものだからね。
「……まぁ、どっちにしろ一度見てみないと分からないかな」
周囲にバレないよう服に隠し、『異次元収納』から1体のゴーレムを呼び出す。
小さなネコ型のそのゴーレムは、数秒の間ピクピクと耳を動かすと……ある一定の方向へ真っ直ぐに歩き出した。
スられた小銭入れの中には、小さなコイン型の結晶が入っており、特殊な波長の微弱な魔力を常に放出している。そしてこのネコ型ゴーレムは、その魔力を感知してその場所へと案内してくれるのだ。
これぞ2つでワンセットのゴーレム、『猫に小判』である。……小判じゃなくてコインだけどね。
♢♢♢♢
カイゼルから小銭入れをくすねたその人物は、人ごみを抜けて裏路地へ入り、どんどんと人気のない方へと進んでいく。
冒険者の増加と共に発展したこの国は、道路や建物は時間をかけて大きく広がっていったのだ。そのため、整理されている王宮周囲から外れると、迷路のように入り組んでいて複雑な作りとなっている。
そしてそれは、スラムを作るには都合が良い街並みとなっていた。
フードを深く被って顔を隠し、路上で寝ている者やケンカをしている者達を見ぬふりして横を抜ける。
そして入り組んだ裏路地の奥……廃木材で作られた小さな小屋の前で、その人物はようやく足を止めた。
「ただいま、セイア。喜べ、今日は結構稼げたぞ」
「お兄さま……」
彼がフードを取ると、その下からイヌのような大きな耳が飛び出てくる。彼らは
住処にしている場所に到着した彼は、彼の妹───『セイア』に小銭入れを見せた。
小さいながらも確かに感じる重みは、その中に十分な量の銀貨が入っていることを示している。
「これだけあれば食べ物だってたくさん買えるぞ。セイアだって、ちゃんとした薬が───」
「……いいの、お兄さま……私のことはいいから……お兄さまだけでも真っ当に生きてほしいの」
「な、何言ってるんだよセイア……」
「お兄さまも分かってるはず……
「っ───」
絶望の表情で目を伏せたセイアの視線の先───彼女の両足は、膝から下が欠損していた。
獣人である彼らはかつて、
その後、馬車に詰められて運ばれる途中に強力な魔物に襲われ、何とか命は助かったものの、兄のアルバは左腕を、妹のセイアは両足を失う怪我を負ったのだった。
2人はどこにも居場所がないままこのスラムへとたどり着き、その日暮らしを続けている───という現状であった。
だが、生きてはいるもののそれだけ……良くなるはずもない生活に徐々に絶望が募った末、セイアは口走ったのだ。
自分を捨てて、真っ当に生きろと───
「───そんなこと言うなよ……たった二人の家族だろ?」
「でもこのままだと、お兄さままで……」
「俺はっ……絶対にお前を見捨てたりなんかしないからなっ!」
「お兄さまっ……」
(き、気まずい……)
物陰に隠れて二人を眺めている俺は、完全に出るタイミングを失っていた。
男の子の単独犯か数人のグループの下っぱかと思ったら、苦しい境遇の妹がいたとは……取り返すのが躊躇われるな。
この事は見なかったことにして、盗まれたものは仕方がないと諦めるのが一番波を立てない……
……が、そうなると男の子の方は、こういう危ない橋を渡る行為を繰り返すだろう。
(治安の悪化を考えると、俺も他人事ではないんだよな……)
やろうと思えば……というか、『第六王子』という立場を使えば、この二人を救うことはできるだろう。
が、
(……はぁ、仕方がない。串焼き二本しか食べてないけど、今日はここまで───)
「そこに誰かいるのか!?」
「っ!?」
急に声を上げた獣人の男の子。その視線は、真っ直ぐに俺が隠れている方を見ていた。
バレた……!?
上手く隠れていたはずなんだけど……獣人の知覚感覚を舐めていたか……。
男の子は右手にナイフを握り、女の子───セイアを背にしてゆっくりとこちらへと向かってくる。
……誤魔化すのは無理か……仕方がない。
「怪しい者じゃないからさ、攻撃はしないでくれよ」
「っ……お前はさっきの……!」
俺が両手を上げながら物陰から出ると、相手は俺の姿を覚えていたのだろう。『取り返しに来たのか?』と、警戒心を露にする。
このまま襲われては堪ったものではない。俺は変装を解き、本来の姿を見せることにする。
「っ!? 第六王子……何でこんなところに……!?」
「何でって……君に銀貨を盗まれたからだよ」
「くっ、そ……!」
ギリッと奥歯を鳴らした獣人の男の子は、牙を剥いてこちらを睨み付け、より強い敵意を向けてきた。
あれぇ……?
何でこうなった?
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