一人で食べ歩きするからこそ感じる美味しさってあるよね……
「カイゼル君……入る、ね……?」
ノックの音が響き、静かにドアが開かれる。やって来たのは、第四王女のエレイアであった。
病的なまでにカイゼルを溺愛している彼女は、誰よりも早く起きてカイゼルの寝起きを見守るのが日課だ。
夜も朝も、枕元でカイゼルの寝顔を眺めるエレイア……ハッキリ言ってホラーである。
しかしこうしてエレイアの行動を誰もが黙認しているのは、なんとか彼女の"呪い"が暴走しないように気を使っているからであった。
そんな彼女は誰にも止められること無くカイゼルの部屋へと侵入し、豪奢なベッドの上の、質の良い毛布に包まれた可愛らしい膨らみに顔を綻ばせる。
「っ……?」
しかし、それもほんの僅かな時間のみ。エレイアは何とも言えない違和感に目を細める。その視線の先には、ベッドの上の膨らみ。
……その中にある気配が、カイゼルのものではない。
凄まじく巧妙に似せてあるため、アリスティラの魔力感知を誤魔化して見つかるまでの時間を稼ぐことができるだろう……が、エレイアの第六感までは誤魔化せなかったようだ。
「これはっ……!」
エレイアは急いで毛布を捲り上げ、その中を確認する。
そこにあったものは、カイゼルの姿を模して作られた
(わざわざこんなものを残して……カイゼル君は、自分の意思でここを出た……?)
昨晩現れた暗殺者の関与を疑ったエレイアであったが、そうであれば、わざわざゴーレムを用意してすぐにバレる細工をする必要はない。
そもそも、部屋の中には争った形跡はないのだ。
カイゼルの姿がなく、混乱しかけていたエレイアは、その事に気付いてすぐに冷静さを取り戻し始める。
(朝、メイドよりも早く私が来ることは、カイゼル君も知っているはず……その時点でバレる細工をわざわざしていったということは、『後から見つけ出してほしい』ということ……)
「ふふ……仕方のない子ね、カイゼル君……私とかくれんぼがしたいだなんて……♡」
頬を緩めてそう呟いたエレイアは、艶やかな黒髪をたなびかせて部屋を後にする。
……カイゼルは、『自分の意思で出たのだから、しばらくは探さないでほしい』という意味を込めてゴーレムを置いたのだが……曲解したエレイアによって、意図しない決死のかくれんぼが開始された。
その頃、カイゼルは───
「ハァ……やっと姉様達から離れられた……」
街中を堂々と歩いていた!
……もちろん変装をして、である。
昨晩、自分が暗殺者に狙われたことは知っている。目を開けたらエレイア姉様に消されるところだったけど……
『俺の命が狙われる』ということ自体は、以前から知っていた。父様も母様も、姉様達も、直接言葉にはしないまでも気にかけているのは分かっていたのだ。
それが昨日、ついに行動に移されただけの話である。
俺からすれば迷惑な話だけど……しかし実際に起こってしまった以上、父様も黙ってはいない。王家の者の命を狙うなど、極刑を免れない大罪である。
「問題は、相手が分かってないとこなんだけどね……」
どうしようもない事実に、俺は独り呟く。
昨日現れた暗殺者は、アリスティラの魔法感知を掻い潜って俺の部屋まで到達していた。そんなことができる相手が、そう簡単に尻尾を出さないだろう。
かといって、頻繁に狙われるのも気が滅入る……だからこその、
囮は、俺自身。
最大の標的が、護衛も無しに歩いているのだ。ちょっと変装した程度で見間違えることはないだろうし、これ以上のチャンスはない。
(こんなとこが姉様達に知られたら絶対止められるし……ついでに街も廻りたかったしね)
冒険者が多いこの国は、朝早くから活動する人が多ければ、彼らが利用する出店も色々とある。
王宮で食べる豪華な食事もいいけど、食べ歩きだからこその美味しさってあるよね……。
懐に入れたお小遣いの重みにニヤニヤしながら、俺は香ばしい匂いがする出店へと脚を早めた。
♢♢♢♢
「おじさん、串焼き二本ください!」
美味しそうな匂いを漂わせていた屋台に目を着け、串焼きを二本注文する。何かの肉を串に刺し、オリジナルのタレで味付けをしたものだ。
比較的早い時間にこんな子供が一人で屋台に来るのが珍しいのか、屋台のおじさんは少し驚いた表情をしている。
「おう、ちょっと待ってな……(これ、第一王子じゃねぇか? 何で一人でこんなところに……)」
……バレバレのカイゼルであった。
その後、だんだんと人通りが多くなってきた通りを、カイゼルは両手に串焼きを持ちながら歩いていた。
いや、美味しいねこれ。
さすがに肉は少し硬めだけど、タレが香ばしくてどんどん食べられる。
気を付けないと朝ご飯が食べられなくて、イルルジーナに"メッ!"されそうだ。
一本目の串を勢いよく食べきり、二本目をもったいぶって少しずつ食べていた時のことだった。
「っ……!?」
ドンッと衝撃を身体に受け、よろけた俺は何とか転けまいとバランスを取る。
いったい誰が……と目を向ければ、大きなマントで頭から脚まで隠した人物が、人混みの間を縫って駆け抜けていく後ろ姿が見えた。
背格好から察するに、俺と同じぐらいの年齢か? それにしてはなんだか……
「あぁ、そういうことか……やってくれたな」
気付かぬ内に軽くなっていた懐に、俺は何が起こったかを察する。
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