正当防衛だから仕方がない!

「第一王子……だったら……!」



 俺が王家の者だと分かっても、この獣人の男の子はナイフを構えたまま。それどころか、正体を知ってさらに敵対心が増したようにさえ感じる。


 ただ身を守るため……ってわけでは無さそうだ。



「お兄さま、何を考えて……」


「王子なんていう偉い奴なら、もっと金を持ってるかもしれないだろ」


「ダメっ! そんなことして、捕まったらお兄さまが殺されちゃう!」


「どっちにしろ、もう王子から銀貨を盗んでるんだ……このまま何もしなくても、処刑されることに変わりはないだろ!」



 ───あぁ、分かった。

 この子は、俺がこの国の王子だと分かった瞬間に死ぬ覚悟を決めたんだ。


 俺を殺して大金を手に入れれば、自分が死んでも妹は助かるかもしれない───そう考えての行動だろう。



「それとも……あんた、俺達に金をくれるか? あんたと違って、俺は今日食べる物すら無いんだよ……俺とセイアを助けてくれるか?」


「……悪いけど、それはできない」


「そう言うと思ったよ……貴族どもはいつもそうだ。俺らみたいな獣人を、モノだと思ってる……。奴隷にして、使うだけ使って、要らなくなったら捨てるんだ……そうやって、何人もの仲間が死んできた!」


「…………」


「だから貴族は嫌いだ! 王家も嫌いだ! 俺達みたいな弾かれ者を見てみぬふりをして、生きる権利すら与えてくれない!」


「お兄さま……」



 彼の絶叫の声は徐々に震え、その頬を一筋の涙が伝う。


 『生きる権利』、か……確かに、彼らのような獣人・・は特に厳しい世界だろう。


 ハルメシア王国は比較的『獣人差別』の少ない国だ。良くも悪くも実力主義のこの国では、大きな功績を上げた者はたとえ獣人でも相応の地位に就くことができるのだ。


 王家直属の近衛兵の中にも、獣人は何人もいる。俺もお世話になってるしね。



 けど、功績を上げられる者なんてほんの一握りだ。それ以外の者は、冒険者として命のやり取りをして生きるか、彼らのようにスラムにたどり着くか……



「なぁ、なんでだよ……なんでセイアが両足を失わなきゃならなかったんだよ……。俺達が何をしたって言うんだよっ……!」


「俺が……いや、違うな。んんっ! ……私が先ほど言った『できない』というのは、『しない』とは違うということを理解してほしい」


「なんだお前、急に口調が……」



 俺だって一応王子なんだから、TPOはわきまえるよ。特に知らない相手にはね……けど、こうして威厳を出すように話すってことは———



「王宮を抜け出したカイゼルではなく、ハルメシア王国第一王子『カイゼル・ハルメシア』としての言葉と思ってもらって構わない」


「……で、『できない』と『しない』の違いってなんだよ」


「ここで君達に金を渡しても、すぐに使い切って終わりだ。その後は? きっと、また誰かに金を貰わなければ生きていけなくなるだろう」


「……」


「ハルメシア王国の目標は、一時凌ぎの手助けではない。君達のような孤児に、自分の力で生きる力を付けさせることだ。……その体制が構築できていない今は、救済もできない。突き放すようで悪いが、だから今は私が勝手なことするわけにはいかないんだ」


「———あぁ、そうかよ……それを信じられる根拠は?」


「……ない。が、10年のうちに実現すると約束しよう」


「10年なんて……明日すら生きていられるか分からない俺達が、そんなに待っていられるわけがないだろ!」


「すまない……だが、近い内に───っ!?」



 そう言いかけた俺の言葉は、突如として首に受けた衝撃によって遮られた。獣人の男の子ではない……第三者の手によってもたらされた攻撃によって。


 強力な一撃で、体重の軽い俺の身体は浮いて弾かれ、そのまま地面を転がる。



 すぐに体勢を立て直して視線を向ければ、そこにはいつか見たような黒装束に身を包んだ人物が数人、ダガーを構えて立っていた。


 チッ……昨日の暗殺者の仲間か……。



「……首を斬ったと思ったが、今の感触……高度な対物理障壁か?」


「今の一瞬で? さすがは第一王子と言ったところか……」


「…………」



 暗殺者の言う通り、ダガーの一撃で無傷なのはアリスティラが仕込んでいた自動発動の小規模結界が作動したからだ。


 致命的な一撃を防いでくれるそれは、俺が認識するよりも早く攻撃を防いでくれる……が、一度防いだら効果が消えてしまう。


 残機を減らされたのはキツいけど……おかげで即死は避けられたようだ。



「な、なんなんだよお前ら……!」



 突如として現れた黒装束の暗殺者達に、獣人の男の子は彼の妹を背にしてナイフを構える。


 彼の精一杯の威嚇も……残念ながら暗殺者達に取っては取るに足らないもののようだ。



「おい、こいつらを片付けておけ」


「はっ」


「なっ、なんだよ! 俺と戦うってのか!?」


「どちらにせよ、目撃者は殺すつもりだったのだ……恨むなら、王子を恨め」


「っ!?」



 一瞬の踏み込み───訓練してもいない孤児のナイフより、プロの暗殺者の鋭さは、天と地ほどの差があった。


 気が付けばナイフを握る手を捕まれていたアルバは身体が硬直し、そこへ暗殺者のダガーが振り下ろされ───



「ふっ……!」



 ギィンッ! と激しい金属音を響かせ、俺の剣と暗殺者のダガーが互いに弾かれる。獣人の男の子の前に俺が割って入り、振り下ろされたダガーを『異次元収納』から取り出した剣で弾いたのだ。


 これでもウーサリッサから剣の扱いは叩き込まれているんだ。ある程度の戦いはできる……けど、流石に分が悪いけどね。



「この二人は関係ないだろ? 巻き込むなよ」


「我らの姿を見てしまったからには、生かしてはおけん」


「お前らが勝手にここに来たのに、なんて横暴な……」



 取り付く島も無し、か……。

 俺一人だったらともかく、後ろの2人も、ハルメシア王国の大事な国民だ。うーん……



「仕方ない……これは仕方ないよなぁ」


「話す言葉は無い、やれ」


「あー、問答無用ね。はいはい、これはもう使うしかない・・・・・・よなぁ。正当防衛だもんなぁ」



 キラリと指輪が光る。

 眩い光に包まれ『異次元収納』から現れたのは、俺が心血を注いで作り上げた自慢の戦闘メイドゴーレム。その名も———



「『ヒラリー』、武装の試し撃ちも込めて派手にやっちゃって」


「仰せのままに」



 現れたのは、金の髪を肩の長さで切り揃え、きっちりしたメイド服に身を包んだ戦闘メイドゴーレム1号───『ヒラリー』。


 ヒラリーは蒼い宝石のような目を僅かに細め、ガシャンッ! と重厚そうな音を立てて武骨なガトリングガン・・・・・・・の銃口を暗殺者へと向けた。

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