この恋が実るとき

天照うた @詩だった人

本編

 ――この想いは実らないもの。


 そんなこと、ずっと分かっていた。


 それなのに、止められない。


 高鳴る胸の鼓動が。この想いが。



 ――この想いは、恋と呼んでもいいですか?



「――ずっとずっと、好きでした! 付き合ってください!」


 そう言って、赤く染まった頬を隠すようにばっと頭を下げるのは、赤染あかぞめ雄大ゆうた。私の大切な幼馴染だ。

 そんな彼に、私はきっぱりと微笑む。


「うん! 20点!」

「そんなぁ~……」


 私の口から発せられた点数に雄大は頭を抱えてしゃがみ込む。


「これじゃいつまでたっても好きな人に告白できないよ?」

「……じゃあどうしたらいいって言うんだよ」


 そう、私は雄大の告白の練習に付き合っているのだ。


 一ヶ月前、急に校舎裏に呼び出されて「告白の練習に付き合ってくれ!」と言われた私の気持ちを考えてみて欲しい。

 ものすごく動揺したのだ。


 うるうると瞳を潤ませて、私のことを見つめる雄大にダメ出し……いや、違う違う。アドバイスをするのが毎日の昼休みの日課になっている。


「まず、誠意が足りないんだよ。顔を下に向けたら雄大がどんな表情をしてるのか相手もわかんないでしょ? あと、身だしなみ! 毎回言ってるよね? ほら、また寝癖たってる……」


 そう言って彼の髪に触れようとすると、彼がひょいっと、自然に身体を反らした。


 ――そっか。私なんかに触られたく、ないよね。


 行き先のなくなった手を懐に戻し、もう一方の手と組ませた。



 雄大は自分のやったことに気づいたのか、慌てて手のひらを合わせる。


「ごめん……! 俺、酷いことしたよな。悪かった」


「ううん。大丈夫」


 そう私が笑って言うと、雄大は許されたような、ほっとした息を吐いた。


 ――でも。


「ねぇ、雄大。この練習、今日で最後にしよう」

「……え?」


 さっきの表情とは一転して、雄大は私の言っていることが信じられないような、嘘だろ、とでもいいたいような表情を浮かべ、瞳を大きく見開いた。


「……なんで」

「だって、私がいると雄大の邪魔になっちゃうから。雄大の告白、ダメって訳じゃない。――誰かの心には、響いてるんだよ」


 その「」は――


「……頑張ってね。応援してるよ」



 そう言って校舎裏を立ち去った。


 視界が、ぐにゃりと歪む。

 それが自分の涙によるものだと気づくのに少し時間がかかった。


 雄大にこんな姿を見られないように、校舎の陰に座り込んで嗚咽を漏らす。


 ――自分から、この時間を手放すなんて。そんなこと、したくなかったのに。


 でも、仕方ないんだ。この道を進むしか、ないんだ。


 もし、雄大の思いが実ってしまったとしても、の私は、彼のことを応援しなきゃいけない。



「……泣くな、私」


 そう言って自分を奮い立たせようとする。


 でも、あふれ出した涙は止まらなくて。ずっとずっと、私の手をつたって地へと落ちていく。


 何もできない自分が、嫌だ。


 想いを伝えることもできない。かといって、抑えることもできない。


 この気持ちは、「恋」……だよね?


 そうだ。そうに違いない。


 この気持ちは、初めてのもの。決してそれが実らなくても。あの校舎裏に咲いていた桜のように儚く散ってしまったとしても。


 これは初恋。


 それは、紛れもない事実。



 けれど、この想いは諦めるしかないもの。それも、事実。



 大切に、大切に胸の奥にしまっておこう。大切初恋として。


 そのときだった。


「おい! 何で泣いてんだよ!」


「……雄大」


 ……私を、追いかけてきてくれたのかな。そのことが嬉しくもあり、少しむず痒くもなる。

 でも、雄大にだけはこの泣き顔を見られたくなかった。そんな風に思ってしまう私がいる。



「雄大には、関係ない。あっちいってよ」


「……いつ言うか、ずっと迷ってた。なかなか一歩を踏み出せなかった」


 雄大は、諦めたように顔を伏せて、しっかりと私の瞳を見つめた。



「俺が好きだったのは――お前だ。ずっと、ずっと好きだった。言えなくてごめん。俺と、付き合ってくれませんか?」


 ……嘘。


 言葉が出ない。そんな、嘘だ。雄大には好きな人がいて、私はその手伝いを――


 もういちど、彼の瞳を見つめる。


 その瞳には、未来だけが、明るく映っていた。



「これは、練習?」


 震える声でそうやって問いかける。


 雄大は、ゆっくりと首を振った。



「本番に決まってる」


 ……あぁ、本当なんだ。


 嬉しい。嬉しくて堪らない。


 実らない恋だと諦めていた。それなのに、雄大は――



「100点満点、だよ」


 そう呟いて、私は雄大の胸に飛び込んだ。


 少しふらつきながらも私の身体をしっかりと受け止めてくれる雄大の手が頼もしい。



 少し前は憂鬱に思えた桜の花びらが、いつよりも綺麗に見えたのはきっと気のせいではないだろう。

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