第34話 雨宮神社の女神さま。


 桜良は俺の腕に抱きついた。柔らかい胸が当たって癒される……。


 って、俺の癒しと反比例して、七瀬の目が吊り上がってるし。あとが怖い。桜良はそんなことを気にする様子なく、のんびりした口調で言った。


 「さて、邪魔が入る前にはじめましょうか。まず、光希くんと七瀬ちゃんは、着替えたら手を繋いで鳥居の前に立ってください」


 俺は渡された白衣と袴に着替えた。七瀬も着替えると、2人で手を繋いで鳥居の前に立つ。


 「鳥居は、俗域と神域をわける境界です。目を瞑り、神様に頭を下げなさい。そして、わたしに続いて唱えてください。きっと、あなた達が会うべき人に会えることでしょう。ですが、決して、互いを見ないこと。そして、決してお互いの手を離さぬように……違えば、ここへは戻れません」


 この人、さらりと怖いこと言うなぁ。


 「祓え給い、清め給え、神ながら守り給い、幸え給え……」


 俺と七瀬は頭を下げたまま、桜良に続いて復唱した。



 会うべき人かぁ。

 おれの会うべき人は誰だろう。


 やっぱり、紫乃かなぁ。

 紫乃に会えるといいな……。



 すると、桜良の声が途絶えて、風が吹いた。顔を上げると、見たこともない場所だった。


 地平線がなく、ずーっと彼方まで景色が見えている。そこは、あたかかくて無限に続く花畑だった。


 目の前には、俺と同じ顔の少年が立っている。

 俺にはすぐに分かった。彼は元飯塚君だ。


 少年は、照れくさそうに鼻のあたりを掻くと口を開いた。


 「全部、押し付けちゃってごめんな。柚乃や七瀬、翔は元気にしてる? それに花鈴は?」

 

 「あぁ。元気だよ。花鈴は高校になっても厨二病だけどな。元飯塚君こそ、元気?」


 少年は笑った。


 「ここにいる僕が元気っていうのも変だけど。……悪くはないよ」


 「そっか。よかった。それと、エロ本。もっとちゃんと隠しとけよ。花鈴が勝手に読みまくってるぞ? ……今の俺に何か聞きたいこととかある?」


 「あはは。わるいわるい。七瀬は? 泣いてない? 幸せになってる?」


 「あぁ。七瀬は、君に惚れてたらしいぞ? いまは、立ち直れたと思う」


 「よかった。あの子、繊細だからさ。柚乃は? 君に告白できた?」


 「いや、なんか俺がフラれたことになってるんだけど」


 「ふぅん。今の光希君。みんなのこと、よろしく頼むよ」


 自分がフラれたくせに他人事だなぁ。


 元飯塚君は頭をさげると、続けた。

 君は本当に。他人の心配ばっかりだな。


 元飯塚君は、俺の二の腕のあたりをポンポンと叩いた。


 「それと、魔女さんにお礼いっといて。おかけで、楽しく過ごせたって」


 魔女?

 紫乃のことか?


 「魔女って?」


 「あぁ。君は知らないのか。僕が病気だったのは知ってるだろ? 魔女に依頼したんだよ。最後の瞬間まで、皆の前では元気に振る舞えますようにって。あと、うちの両親から僕の最後の記憶を消してくれますようにって」

 

 どうりで。

 それなら、色々と合点がてんがいく。

 

 「でも、病気を治してほしいって、お願いしなかったの?」


 「あぁ。それは断られた。魔女は神様じゃないから、願いには相応の対価が必要なんだって。僕の寿命は少ないから、全快させる対価としては足りないって言われちゃったよ」


 けちくさい魔女だな。  

 最後の願いくらい、ばーんと聞いてやれっていうの。


 「魔女のくせにケチくさいね。魔女って婆さんなの?」


 「そう? 魔女に要求されたのは、寿命の最後の数分だけだから、良心的だよ。それに、僕は願いを聞いてもらえて嬉しかった。んー。顔はフードで隠れてたけど、おばあさんではなかったかな」


 それって、紫乃なんじゃ。

 いや、そんな訳ないか。


 「あのさ。その魔女って、もしかして……」


 その時、七瀬と繋いだ右手がぎゅーっと握られた。俺が右に振り返ろうとすると、元飯塚君が語気を強めた。


 「横を向くな!! 帰り道が分からなくなるぞ!! ……そろそろ時間みたいだね。君と話せて良かったよ。皆んなを宜しくな」


 「あの。あの中の誰かと付き合ってもいいの? 君はイヤじゃないの?」


 元飯塚君は笑った。


 「あとのことは君に託したんだ。自由にして。別に三股かけてもいいし。でも、幸せにしてやってくれよ。約束な?」

 

 「あぁ。約束する」


 元飯塚君は、思った通りの裏表の無い良いヤツで、かつて俺がそうありたかった自分のようだった。


 元飯塚君の声が聞こえる。


 「あ、翔にも、お前ならできるって伝えて……」


 (君ってやつは本当に……)


 頭がクラッとして、目を閉じる。

 目を開けると、目の前には、心配そうに俺を見つめる花鈴がいた。


 花鈴は半べそだ。


 「ぐすっ。急に動かなくなって、息もしてないみたいだったから心配したよぅ」


 「ごめん。元気だから」


 俺は花鈴の頭を撫でた。

 右手は、まだ七瀬と繋いだままだ。


 向こうで離ればなれにならなくてよかった。

 それにしても、神社パワーすごいな。


 「桜良さん。鳥居ってすごいですね」


 桜良は目が合うと、微笑んだ。


 「なんのこと?♡ ふふっ。あーんなに長く一礼するなんて、信心深いんですね」


 「いや、会いたい人に会えるとか」


 「そんなこと言いましたっけ? 神様にイタズラされたんじゃないですか?♡」


 


 


 

 

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