第15話 怪鳥退治➁

 フキの協力を取り付けたククとイヒカの二人は、再び彼の家にお邪魔し、作戦会議をすることになった。

 ククは無造作に机の上に放置されてある手紙を手に取り、暖炉の火元として投げ入れて、証拠隠滅をはかる。

「おいおい何も燃やすことはないだろう。せっかくなら、ワシが受け取ったものを」

 残念そうにフキが暖炉を眺める。

「お礼の手紙はまた今度書くことにします。すべてのお礼もかねて」

「……クク。さては人前で読まれるのが恥ずかしかったな?」

「違います」

 まさにその通りなのだが、自分の名誉のために否定しておく。フキのニヤニヤした顔がうるさい。

「おじさん、ククをいじめる前になにか言うことないんですか」

 ずっとふて腐れた顔のままのイヒカが口を挟む。

「悪かったな。だが、ちゃんと手当てしてやっただろう」

「……わたし、こんな大人になりたくない」

 先程から二人はこんな調子だ。

 イヒカとフキは中身の根っこの部分が似ているのかもしれない、とククは思う時がある。共鳴し合うからこそ、反発し合う、的な感じだ。

 言い合いをしてても仲が良く見えるのだ。

「————こほん、気を取り直して。いいか、お前たち二人はすでに目的の魔物に出会っている」

「どこで?」

「思い出して、自分で考えてみろ」

 イヒカの質問に対して、フキは自分で考えるように促した。

「昨日の時点でのことだよね? うーん、あのカラスの形をした魔物にしか出会ってないけど」

 イヒカは腕を組んで、首を傾げる。

 ククも同じく思考を巡らせた。

 無数のカラスの形態をした影の魔物〈ティナ・エンガウ〉。

 あの時、まだ太陽の位置は高かった。

「そういえば、今疑問に思ったんだけど。イヒカは怪鳥をどの時間帯に目撃したの?」

「えーと、日暮れ近かったはず」

 返答をもとに、ある出来事が頭をよぎる。

 トベラの里で大鹿の魔物と闘った際、鹿が分裂した。分裂しただけ形は小さくなり、その代わりに数が増えてやりにくい戦闘になった。

 魔物が分裂出来るのなら、逆もあるのではないだろうか。

「もしかしてあのカラスは大きな状態だったのが、分裂した姿だったのかも」

 ククが結論を導き出すと、フキは口元に笑みを作る。

「正解だ。あの魔物は太陽のある朝から昼頃にかけて、分裂して身体を小さくして光の影響を受けずに過ごす。そして、日が落ちる夕方頃に掛けて元の姿に戻って、縄張りに侵入してくる人間の精気を呑み込んでいるのさ」

 雨の日などの太陽が出ない日は元の姿のままの場合もあるけどな、とフキは注釈を付け足す。

「そうなると、夕方頃から夜に掛けて退治する必要があるね」

 ククは悩む。

 魔物にとって有利な夜に戦闘を仕掛けるのは、こちらにとって分が悪い。夜目も利きにくいし、分裂されたらそれこそ凌ぎきるのは難しそうだ。

「あんまりおすすめしないな。お前たちが魔物と出会った場所のさらに上流付近は〈濃霧の森〉とワシらの間では呼ばれとる。一度迷い込んだら、出られるかわからんぞ」

 フキの言葉を受けて、ククは何の策も浮かばないまま煮詰まる。フキの懸念を加味しつつ、効率的に魔物を倒す方法。そんな都合の良い妙案はないだろうか。

「あの、さ」

 ここの会議に、予想もしない人物がおずおずと手を上げる。イヒカだ。

「なに?」

 正直言って何事も基本力押しの彼女に、この議論に対する戦力を求めていなかった。ククとフキの会話を聞いて、理解してくれればそれで良い、という認識だ。

「一カ所に集めて、強制的に大きい鳥の状態に戻させれば闘いやすくなるんじゃないのかな」

 だからここでイヒカが恵みを生み出すとは思わなかった。

「どうやって?」

 ククは条件反射で尋ねてしまう。

「わたしたち退魔師は結界を作れる。時間は掛かるけど。でも、このおじさんと協力して、怪鳥が入り込める限界の大きさで結界を張れば、身動きが封じられると思う」

「だが、どうやって魔物を誘導する」

 フキもイヒカに尋ねる。

「それは……」

 イヒカは申し訳なさそうに、加えて言いにくそうにククを見る。

ククはだいたい話の流れが見えてきて、猛烈に嫌な予感がした。

「だって、あの分裂したカラスはわたしたちを執拗に追いかけて来たんだよ。あそこを縄張りにして、極力動かないようにしているんだったら、罠に入ってきた人間の精気を取り逃さないように、何としてでも追いかける。実際に追いかけられたし」

 イヒカは言い訳のように早口でまくし立てた。

「なるほど」

 ここでフキも得心したようにうなずく。

「合わせると、だ。ワシとイヒカが定位置に結界を作成し、ククが魔物を誘導するわけだ。それならなんとかなりそうだ」

「……私に囮役になれ、と?」

 退治するのには賛成するが、これでは一人分の負担が大きすぎやしないだろうか。

「だってわたしはククみたいに身軽に走れないもの」

「ワシも歳だからな。現役は引退して、日銭を稼いで隠居している老いぼれの身だ。魔物に追いかけられるなんて、寿命が縮む行為はお断りだ」

 ククは待ってくれ、と口を挟む。

「ちょい待ち。もしも私が魔物に呑まれたらどうするのよ⁉」

 イヒカが得意気に宣言する。

「大丈夫‼ ククは運動神経良いもん‼」

 フキは安心させるようにして言う。

「心配するな、倒す必要はないし、守りの霊符は持たせる。なあに、分裂した全てのカラスを誘導する必要はない。ある程度の大きさになれば、祓った後に自然消滅する。ワシはククの強さと足の速さを見込んでいるぞ」

 そんな心配はしていない、とククは突っ込みそうになるのを耐える。

「それに、結界のなかに誘導さえすればワシらも退魔師としての本領を発揮するさ」

 いつになく饒舌にしゃべるフキ。

 ククはついに耐えられなくなった。

 両親を助ける方法を見つけ出し、救いたい。それが今の自分の原動力であるのは紛れもない。

 そのためならなんだってこなしてみせる心持ちではあるが、いくらなんでも扱いが酷すぎないか。体当たりが過ぎる。もっともこれ以上妙案は浮かばない。

「————……二人とも手際が宜しいことで。ひょっとして、なすりつけてる?」

 ククはほんの少しよぎった疑念を八つ当たりのように二人にぶつけた。

「そんなことないもん‼ ちゃんとわたしも闘うもん‼」

「適材適所ってやつだ。全力疾走で走りきってくれ、待ってるぞ」

「……」

 この二人、絶対気が合うだろう、とククは妙に息の合う二人に愕然とした。

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