第14話 怪鳥退治➀
夜明けの空気は、身震いするほどさすように冷たい。布団から抜け出して、そっと窓から外をのぞくと、霧が掛かっていた。
「イヒカ、起きてる?」
ククは内緒話をする声の大きさで、隣で布団を頭まで被っている相棒に尋ねる。
「うっ……さむい。ッいえ、起きました‼」
イヒカはククの問いかけに煩わしそうに一度うなったが、ククが嘆息をつきそうな気配を察知して、飛び起きる。一気に布団を捲ったせいで、いきなり冷気が身体にまとわりついて震え上がった。
「うむ、よろしい」
イヒカは急いで身支度を整える。相も変わらず、ククは自分より遅く寝ているはずなのに、自分よりはやく起床していて尊敬してしまう。
「視界が悪いね」
「むしろ好都合だよ。フキさんが寝ている間に、川の上流を目指そう」
イヒカが布団をきれいにたたんでいる間に、ククは控えめにフキの寝ている部屋の扉を開ける。
布団を確認すると、規則正しく上下する背中が見えたので、おそらくまだ夢のなかにいるみたいだった。
「今にうちに家を出よう」
ククは昨夜のうちに用意しておいた、お礼の置き手紙を机の上に置いてから、立てかけてある愛用の長柄杖を手に取った。
音をたてないようにして、外への扉を開けてお世話になった家を辞する。
川つたいに上流を目指せば、魔物に出会った当初の場所まで戻れる。フキに気付かれる前に、そこへ辿り着きたい。
「へぶっ……ッ⁉」
唐突に、背後でついてきていたイヒカが転倒し、素っ頓狂な声を上げた。
何をやっているんだ、と呆れて振り返ったククは呼吸が止まった。
「まったく。お前さんたちが、こんなにやんちゃ娘だとは思わなかったな」
転んだイヒカの隣には、立ちふさがるようにして腕を組む、フキの姿があったのだ。
「どうして」
ククは驚いてフキを見る。先程まで布団のなかで寝ていたはずだ。
「寝ていたかどうかは、ちゃんと確認するべきだったな」
つまりは狸寝入りだったわけだ。
「ちょっと! なんでわたしの足を引っかけるのよ‼」
イヒカは憤慨してフキに詰め寄る。盛大に転んで、膝がすりむけていた。
「ククの足を引っかけようとすると、持ち前の勘の良さで避けられそうな気がしたからな。————それに比べて、お前さんは……まあ、鈍感だ」
「むっきぃ~‼ ほんと腹立つ‼」
イヒカはポカポカとフキを叩く。
反撃にもなっていない娘の攻撃を数発受けたフキは、逆にその手を取って身動きを封じながら、ククを見やる。
「勝手な真似をするな、と言ったが?」
聡明なお前ならわかるよな、と問われている。
「見逃してもらうことは、できませんか」
ククとイヒカには、それぞれの目的がある。退けない理由がある。
フキが譲れないのなら、二人の存在を見なかったことにして欲しい。
「ワシに、ただの人形になれと言うのか」
ククはひとつ、うなずく。
「責任があるのなら、私たちと出会ったことは忘れてください。なにかあっても、知らなかったふりをしていただいて構いません」
ククもイヒカも、個人的な理由で動いている。故に、フキを巻き込むつもりはなかった。
互いの呼吸と、森の木々がこすれる音。
遠くに流れる、川のせせらぎ。
「……はあ」
しばらくして、深い深いため息がフキの口から漏れた。
「————降参だ」
フキのもとでもがいていたイヒカは「え?」と疑問符を浮かべた。
「二人の頑固さの勝ちだ」
「それじゃあ……」
フキは掴んでいたイヒカの身体を解放し、自由にする。
「じゃじゃ馬娘二頭に、このワシが協力しよう」
フキの決断に、ククとイヒカは緊張の糸を緩めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます