第4話 《衣替え》

 ようやくこの時期ときが来た!

 今日から俺達の通う高校は最近の異常気象の為本来より少し早い夏服への衣替え移行期間に入った。

 もちろん移行期間中の2週間は夏服でも冬服でもOK! ――と言っても数日前からすでに暑い……。夜はともかく晴天の日に冬服なんて着てくるような人は居ないだろう。

 移行期間初日の朝は半袖のワイシャツに少し生地が薄くなったズボンを履き、同じく夏服になっている柚月と共に学校へ向かい歩いた。


「奏汰はやっぱり夏服なんだね」

「当たり前だろ。この前までみんな腕まくりしていたし冬服の奴の方が圧倒的に少ないだろ」

「確かに男子は年中長ズボンだからね。去年暑かったの覚えてるよ。実はスカートも替えたんだよね」

「ん? 替えたって年中スカートなんだろ? 夏だからって何か変わるのか?」

「僕も知らなかったんだけど夏用と冬用があって夏用は少し生地が薄くなっているみたい」

「そこは俺たち男子のズボンと同じなんだな」


 俺達は太陽の日で熱し始めているアスファルトの上を歩きようやく学校へ着いた。

 校内は日陰だけあってちょうどいい気温だ。窓を開けるだけで気持ち良い風が入ってくる為、さすがにエアコンを点けるほどではない。

 教室内を見渡しても冬服を着ている生徒は居なく教室内の光景はもう夏だ。

 柚月と席に座りながら話していると担任の小長谷こながや先生が教室に入ってきてHRホームルームが始まった。


「知っている人も居るかもしれないが毎年プール掃除を2年生が担当している。なので放課後に部活や同好会サークルに入ってない各クラス男女1名ずつお願いしたい。手っ取り早くかつ公平のためにクジを作ってきた。そんじゃ女子から引いてくれ」


 部活や同好会サークルに入っていない女子生徒は教卓に置かれた箱からクジを引き始め、その結果女子側は柚月が担当となった。


「女子の方は小鳥遊で決定だな。次は男子だ」


 教卓前に向かう途中入れ違いに席に着いた柚月の方をふと見るとこの世の終わりのような顔をして俯いていた。

 プール掃除くらいでそんな顔するなんてどれほど嫌なんだ?

 柚月は顔を上げ俺と目が合った瞬間すごく助けを求めている目をして口パクで何かを伝えようとした。


「(ん? 一体何を言って―――っ!?)」


 その瞬間俺はあることを察した。多分これはプール掃除が嫌なのではなくのが嫌なんだ。そして出来れば一緒にやって欲しいと言いたいのだろう。

 まぁ同じクラスの男子とは言え人見知りの柚月には少し酷だしこのまま立候補せずアタリを引いてプール掃除に参加せず独りで帰るのも心苦しい。


「(はぁ……しかたないな)」


 俺は渋々立候補することにした。


「先生、俺やります。えっと、放課後暇なんで」

「そうか。それじゃ男子の方は鷹尾頼んだぞ」

「はい」


 これで俺と柚月は放課後のプール掃除が決まった。

 席に戻る途中柚月の方を見ると嬉しそうな笑みを浮かべていた。

 放課後。全校生徒の大半が部活動に勤しんでいる中、俺と柚月はプール脇にある更衣室で体操着に着替えプールサイドに向かった。そこにはすでに数人の生徒が待っていた。

 

「掃除するメンバーってこれだけ?」

「いや、各クラス2名ずつと先生の計11名居るはず。集まるまでもう少しかかりそうだな」

「だねぇ」


 柚月とプールサイドにあるベンチで座りながら話していると続々とプール掃除をするメンバーが集まり最後に体育教師である後藤先生がやってきた。

 参加者全員は後藤先生の前に集合した。

 

「全員揃ってるな。それじゃぁ今からプール掃除を開始する。毎度恒例のデッキブラシで――と言いたいが今回から時間短縮のため高圧洗浄機を使うぞ」


 そう言って後藤先生は物置から5台の高圧洗浄機を持ってきた。

 どうやら今回からはこれですぐに終わらせる予定らしい。だから各クラス2名だけなのか。

 後藤先生が高圧洗浄機の使い方と注意事項などの説明を一通りした後、各クラスの二人一組で準備を開始した。


「えーっと、ここにホースを繋いでこっちを蛇口に繋ぐのか」

「僕、蛇口にホース繋いでくるよ」

「任せた。俺はこっち準備しておくわ」


 柚月が蛇口にホースを繋ぎに行っている間に俺は他の準備をした。

 思ったより簡単で数分で準備完了。


「ホース繋いで水出してきたよ」

「後は電源を入れれば使えるみたい。俺が先にプール入るから上からガン渡してくれ」

「わかった。滑らないように気を付けてね」


 水が抜かれたプールに入ると足元は藻が堆積していて予想以上に滑る。

 柚月は上から俺に高圧洗浄機のガンを渡すとゆっくり降りてきた。


「うわぁ、ヌルヌルして気持ち悪い……」

「まずは安定する足場を確保するのが最優先だな」


 ガンにあるトリガーを握ると先端から勢いよく水が噴射されプールの底に溜まっている藻などの汚れが流れていく。

 これが気持ちいいくらいに綺麗になる。

 緑色だったプールが本来の青色へと戻っていく。


「わぁ~、すごい綺麗になるね」

「やってみると結構面白いぞ」

「僕もやってみたい」


俺達は交代しながら藻を洗い流した。

掃除と言うかちょっとしたゲーム感覚だ。

気が付けば藻は綺麗さっぱり無くなっている。

後藤先生がプールサイドからやり残しが無いか確認した。


「よし、やり残しは無いみたいだな。今回のプール掃除は終わりだ。ご苦労さん。各自高圧洗浄機を片付けたらベンチ前に置いといてくれ」

『はーい』


 俺達はプールから出て自分達で使った高圧洗浄機を片付け始めた。


「えーっと電源切ったらトリガーを握って圧を抜いてっと……」

「給水ホース外してくるね」


 柚月は蛇口に繋いである給水ホースを取り外しに行った。

 手元で高圧洗浄機のホースや電源ケーブルなどをまとめていると蛇口がある方から「きゃっ!」と言う柚月の声が聞こえた。

 何事かと思い振り返ると柚月はびしょ濡れになっていた。

 どうやら蛇口の水を止める前にホースを引き抜いてしまったみたいだ。

 俺はすぐに柚月の元へ駆け寄った。


「柚月、大丈夫か? 怪我とかしてないか?」

「うん、水がかかっただけだから大丈――ハックション!」

「後はやっておくから着替えてこいよ」

「ありがとぉ」


 柚月は更衣室へ着替えに戻った。

 俺は残りの片づけを終え今回のプール掃除は終わった。

 更衣室へ戻り着替えた後外に出るとジャージ姿の柚月が待っていた。


「あれ? なんでジャージ姿なんだ? 制服は濡れてないだろ?」

「えーっとね……制服ってスカートとワイシャツじゃん?」

「そうだな。それとジャージって何か関係あるのか?」

「下着も濡れちゃったから……」

「それって―――」

「……うん」


 何かまでは聞かなかったが多分というか絶対アレだろう。

 いつもより柚月は俺に寄り帰路を歩いた。

 不安なのは分かるが俺は内心超ドキドキしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る