3.決定的な瞬間

「トイレに行こう……。」


 その夜、深夜になって目が覚めた。喉が渇いたので台所に行こうと寝室を出た私は、ふと書斎のドアの隙間から明かりが漏れていることに気づいた。


(こんな時間に、まだ仕事しているの?)


 圭介が夜遅くに仕事をすることは以前からあるが、ここ数ヶ月は書斎にこもることすら少なくなっていたはず。半ば無意識に近づいていくと、中から男女の会話が聞こえてきた。


「……あの子にバレたら大変じゃない?」


「大丈夫だよ。アイツ、鈍いから。」


 息が止まる。圭介の声と、誰か別の女性の声。スピーカー通話なのか、ビデオ通話なのか。ともかく、明らかに私の知らない会話がそこで展開されている。私はドアの隙間にスマホを向け、録画ボタンを押した。


「お前は胸が大きくていいよな。あいつは小さくて勃たないんだよ。」


(何を言ってるの……?)


 意味を理解した瞬間、頭が真っ白になる。まるで誰か別の世界の話を聞いているような、現実感のない屈辱。身体が震えそうになるのを必死でこらえながら、画面に映る女性の顔を確かめる。暗がりと小さな画面越しでも、一目で分かった。


(あれは……佐藤美咲……)


 大学時代からの親友で、今もたまにランチをしたり、子供を連れて遊んだりもしていた間柄だ。まさか、美咲が圭介とこんな形でつながっているなんて。私は感覚が麻痺したように、隣室に戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る