約束の指切り

谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】

約束の指切り

「アメリカ!?」


 恋人のリューガから突然切り出された留学話に、あたしは大きな声を上げた。

 ここはあたしの住んでるアパートの部屋で、あたしはひとり暮らしだから、大きな声を出しても気にすることはない。


「なにそれ、なんで? やだやだ、会えなくなるじゃん!」

「オレだって、ミサと会えなくなるのは嫌だよ。だけど、急に枠が空いて、即決しないと別の奴に取られそうだったんだ」

「だったら行かなきゃいいじゃん! あたしより留学の方が大事なの!?」


 泣きながらぽかぽかと胸を叩いたあたしを、リューガが宥めるように抱き締める。


「ごめんって。でも向こうで良い成績残したら、こっち戻ってきた時、就職で有利になるから。そしたら、ミサと結婚した後、苦労させずに済むだろ。ミサのためでもあるんだよ」

「あたしの、ため?」

「そう。ミサが大事だから、オレはミサに見合う男になりたいの」

「……でも、離れたくない」

「オレもだよ」

「アメリカ女に取られたくない」

「大丈夫だって。オレが浮気なんてするはずないだろ」

「じゃあ、約束してよ」


 言って、あたしはずいとリューガの目の前に小指を立てて見せる。


「指切り。絶対、他の女と寝ないって。留学期間が終わったら、まっすぐあたしのところに帰ってくるって、約束して」


 真剣な顔で言うと、リューガはきょとん、とした後、ふっと優しく笑った。


「なんだ、そんなこと。いいよ」


 リューガはあたしを離すと、キッチンに向かった。

 たまに料理をしてくれるから、どこに何があるかは知っている。迷わず引き出しを開けて、包丁を取り出した。

 そして何でもないように小指に当てて、


 ――とん。


「ほら、これでいい?」


 自分の小指を摘まんで微笑むリューガに、あたしは蕩けるような笑みを浮かべた。


「うんっ!」


 返事をして駆け寄ると、ぎゅっとリューガに抱きつく。


「だからリューガ好きぃ」

「こら、血つくよ」

「止血したげる」


 こんなにあたしを愛してくれる男は、あたしを理解してくれる男は、リューガしかいない。

 だから絶対、他の女になんかやらない。

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約束の指切り 谷地雪@第三回ひなた短編文学賞【大賞】 @yuki_taniji

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