第2話 死神がいる日々

翌朝、目を覚ますとそこには金色の瞳をした少年がいた。

夢じゃなかった…。


私は愕然とした気持ちで体を起こした。

「起きたのか?楽しいことをしにいくのか?」

と彼は浮足立っている。


いや、正確に言えば浮いている。

そう、彼は浮いているのだ。


昨日なぜ死神などという存在を簡単に受け入れたかというと、彼が浮いていたからだ。

人間は浮かない。そんな単純なことが死神という存在を受け入れる要因となった。


「仕事に行かないといけないから」

と、私は死神を放っておき仕事に行く準備をした。

それでも、楽しいことがいい!とわめいている子供のような死神に、フレンチトーストを作ってやった。


彼は目を輝かせながら、

「なんだ、この美しいものは!味もなんたる美味しさ!」と感動していた。

子供みたいだな、と少し可愛く見えた。



職場につくと、軽く周囲の人に挨拶をしてから自身の席に着いた。

始業までまだ時間はあるため、給湯室に行こうと廊下に出る。


「ここに楽しいことがあるのか?」

急に聞こえてきた言葉に私は驚き、声をあげてしまう。


通りかかった人に不審な目で見られていないかあたりを見回すも、ちょうど誰もいなかった。

黒いスーツを着た少年以外は。


「なんでここにいるの?」

と声を落としながら聞く。


「だって、楽しいことを教えてくれるには側にいないとだろ?」

彼はニコニコしながら言う。


「大丈夫だ、俺様の姿はお前さん以外には見えない。」

得意げに言う死神に、そういうことじゃないんだけど‥と思いながら、


「今からは仕事だから、楽しいことはまた後ででお願いします。」と告げ、自分の席に戻った。



始業時間となり、皆がパソコンンに向かう。

黙々と作業をしていると、


「松本さん、この仕事よろしく」

と上司から資料を渡される。


私は最近、この上司から仕事を押し付けられる。

ただ仕事を渡されているだけなら良いが、彼女は違う。

自分の仕事を私に押し付けてくるのだ。

腹が立つが、上司に嫌われるのが怖くて断れない。


ひと息つこうと席を離れる。

トイレの鏡を見ながら、いつもの思考が頭を埋め尽くす。


どうして私に押し付けてくるんだろう、私何か嫌われるようなことしたかな…。

そんな思考がぐるぐると回り始めた時、上から声が降ってきた。


「終わったのか?」

顔を上げるとそこには金色の瞳。


「なんだなんだ、そんな顔して、魂の色がまた濁るじゃないか。」

私はため息をつきながら死神に愚痴をこぼす。


「上司から仕事を押し付けられてて、私、何か悪いことしたかなぁ…」

「そんなの、お前がやれって言ってやればいいじゃないか。」

死神は不思議そうな顔をしている。


「そんな簡単に言えたら悩まないって…」

私はまたため息をつきながら、重たい体を引きずるように席に戻った。



押し付けられた仕事もひと段落すると、帰り際に上司からまた仕事を押し付けられた。


「松本さん、終わったならこれもよろしく。私もうすぐ帰るから」

「はい…」と言おうとした瞬間、


「自分でやれ」


と私の声が響いた。


私は何が起きたかわからなかった。

上司も唖然とした表情で私を見ている。

周囲を見渡すと、他の同僚たちも驚いた様子で私を見ていた。


「い、いや、今のは違いまして。はい、私がやりますので…」

と弁明した直後、また私の声で


「いや、やらない、自分の仕事は自分でどうぞ。」


と響く。

ギョッとして、後ろを見ると、笑顔の死神がいた。

彼が勝手に私の声を使って発言していたのだ。


上司は口をパクパクとさせている。

私はいたたまれなくなった。


「すみません」と頭を下げ、上司から書類を奪って走ってその場を離れた。


誰もいない会議室に入り、

「ちょっと!何してくれてるの!」

と死神に詰め寄る。


「だって、嫌なんだろ?だから嫌だと言う手伝いをしてやったんだ。」

声を聞かせるために死神の力も使ったんだぞ、と彼は誇らしげに言いながらウインクまで飛ばしてくる。


確かに嫌だ。

断りたいと常々思っているし、死神が発した言葉に対しての上司の表情はなかなか面白かった。


「でも、そうはいかないの。上司なんだから。勝手なことはしないで。」

そう死神に告げて私は部屋をでた。


「魂が濁るぞ~」

と後ろから死神が何か言っているが聞こえないふりをした。


自分の席に戻ると、上司はすでに退社していた。

ほっと肩をなでおろし、残りの仕事にとりかかった。


同僚たちがなにやらひそひそと話をしている。

私のが見ていることに気づくと、意味ありげな視線を交わして会話をやめた。

私は恥ずかしさと悔しさで、うつむいた。



帰宅すると、死神が食べ物の雑誌をみている。

「これはなんだ?おいしそうだな」などと楽しそうな様子だ。


彼の楽しそうな様子を見ながら、夕食を作り始める。

料理は私の唯一のストレスは発散方法だ。

ハンバーグを作り、死神と一緒に食べる。


「うまい、これはいいな。」

と言いながらハンバーグを頬張る死神を見ながら、


「なんでこうなんだろう、私。」

とつぶやいていた。


「なにが?」

と金色の綺麗な目がこちらに向く。


「いつもそうなんだよね。私って。頼まれたら断れないし、嫌なことは嫌って言えないし。 本当は違うことを思っててもみんなに合わせてしまう。本当、この性格なんとかならないかな…。しんどい…」


死神相手に何を言っているんだと思いながらも、今まで弱音を話せる相手がいなかったため止まらない。


「小学生のころは明るかったんだけどね。中学生ぐらいからからなぁ。

 人の目を気にするようになったのは。咲坂さんみたいに私にも愛嬌があればなぁ。」


死神はしばらく何も言わなかったが、


「だから今日手伝ってやったのに。人間はきっかけがないと変われないんだ。

 しかも強烈なきっかけだ。俺様は人間が変わっていく様を見るのが大好きだ。

 だからお前さんが変われるように、俺様が手伝ってやる。」


金色の目を光らせながら死神は続ける。


「自分を責め続けると魂は濁る。楽しいことをしていれば魂もきれいになる。

 美しい魂は、それはそれは素晴らしいんだ。 自分に正直にいればいいじゃないか。

 今までできなかったのなら俺様が協力してやる。俺様を頼ればいいさ。」


にこりと笑う死神に私はなんだか照れ臭くなって、

「ありがとう‥‥」と答えるのが精いっぱいだった。





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