葬華~時を食べるクロノスの想い人~

夢月みつき

「時の神の妻」

 登場人物紹介

 麗華れいか

 クロノスの妻、人間の女性。

(AIイラスト)

 https://kakuyomu.jp/users/ca8000k/news/16818622170421901917


 クロノス

 麗華の夫、時の神。

(AIイラスト)

 https://kakuyomu.jp/users/ca8000k/news/16818622170422043723





 暖かな日の光が部屋の中に差し込んで、窓の外では鳥のさえずりが聴こえていた。

 メイドが私のグラスに水を注いでいる。

 

 静かなクラシックの音楽が掛かるなか、私は食堂で専属のメイドにかしずかれて一人、食事をする。



 私は時を司る時の神クロノスの妻、れい。彼は神、私は人、二人はまるで時の流れが違う。

 

 だから、私は毎日、朝食の後にこの鮮やかな赤い花を食べている。

 花は若さを永遠に保ち、寿命を延ばす。時空花じくうか、時の流れのほとりに咲くと言う不思議な花なの。

 どこからともなく、ひらひらと一羽の綺麗な蝶が食堂に紛れ込んで来る。


 それは夢のような虹色の蝶だった。その蝶は私の唇にふっと触れて、みるみる人の姿になる。

 気づけば、金色の瞳で長髪の男性が私に口づけをしていた。


 唇がゆっくりと、放されて私はその人を見やる。私の夫の時の神、クロノス、その人。

「おはよう、麗華。私の愛しい妻よ」

 微笑を浮かべて私を見つめるクロノスを、口元に微笑みをたたえて私も見つめる。


「今朝も元気そうね、クロノスさま」


「ああ、今朝も麗華は美しく可憐だな。きちんと、花は食べているか」


「うん、食べているわ。今日も、でも」


「どうした? 浮かない顔をしているな」


「そろそろ、静かに眠らせて欲しい。お願い、クロノスさま」


 私がいつものようにそう伝えると、クロノスさまの顔が曇って行く、


「――また、君はそういうことを」


「ごめんなさい、でも、私はもう500年も生きてしまったの。人間では有り得ないことだわ。でも、この花を一日でも食べ忘れれば、私は一日だって生きていられないのよ」


「君は、私の妻になる時にそれを受け入れてくれたはずだ。いまさら、許さない」


「お願いだ……君と離れたくないんだ。耐えられない……」



 そう言ってクロノスさまは私の手を握って涙を流す。

 ああ、あなたを悲しませたい訳では無いの、でも……私ももう疲れてしまったのよ。


 永遠の命と言う、残酷なものに、家族や大切な人達がどんどん、老いて亡くなっていっても。一人老いることもなく、生き続けなければならないことに。私は心が押しつぶされそうなのよ。


「あなたが苦しむのは分かってる……それは辛い。でも、私は人間なの。お願いします。私をもう、楽にさせて、私が死んだらどうか、花葬にして欲しいの」


「私のことを本当に愛しているなら、お願い」


 クロノスさまは切なそうに目を泳がせた後に私を見てこう言った。



「……解った、麗華がそんなに苦しんでいるのなら、私もこれ以上、無理強いするわけにはいかない。しかし、一晩考えさせて欲しい。それくらいは許してくれるだろう?」


「うん、ごめんなさい。クロノスさま」





 ❖◇◆





 私達は、その夜、最後の営みをした。彼は、ずっと私との子供を欲しがっていたけれど、これだけの年月一緒にいても、一人も授からなかったんだ。それは私にとってもとても、寂しいことでもあった。


「最後に子供が欲しかったな」


 クロノスさまと共に私もぽつりとつぶやく、クロノスさまもそれは同じ気持ちみたい。



 二人、思い思いの夜を明かして運命の日が来た。私服に着替えて、長い回廊を抜けて食堂へと行く。

 ここを通るのも今日で最後かもしれない。


 食堂には執事やメイド、シェフも並んでいてなんとなく元気が無い。私のことをクロノスさまに聞いたのだろう。


「麗華さま、御朝食でございます」



 メイドが朝食を運んでくれる、今日の朝食はコーンスープとクロワッサン、スパニッシュオムレツ。そして、500年間欠かさず出て来た、あの花はテーブルのどこを探しても、今日のメニューには見当たらなかった。


 ああ、ついにこの日が来たのね。私は感慨深げにカトラリー入れから、スプーンを取るとオムレツに口を付けて最後の朝食を取った。


 部屋に戻ろうと席を立とうとしたその時、胸の奥から、湧き上がってくる吐き気に襲われて急いで席を立つと、洗面所へ私は掛け込んだ。


 メイドは私を気遣ってくれて、一応、妊娠検査薬を渡してくれた。

 結果、私のお腹には500年も授からなかったクロノスさまとの御子おこを身ごもっていた……



 神同士の受精はとても、早く私は、最早、私だけの体ではなくなっていた。

「私は、どうすればいいの?」

 私は自分のお腹をさすり、まつ毛を伏せた。




 ❖◇◆





 しばらくして、部屋のベッドで休む、私の元へクロノスさまが駆け付けて来た。


「麗華! ついに私との子が」


 クロノスさまは私のお腹を気遣いながら、私を愛おしそうに抱きしめる。

 しかし、私は複雑そうにうつむいた。


「でも、今朝、私は時空花を食べなかった。じき、死ぬのでしょう? お腹の子も育つ間もないわ」


「……」私とクロノスさまは沈黙してお互いを見る。


 やがて、彼がおもむろに口を開いた。


「君は死なない」


「えっ!? どういうこと」私はびっくりして、目を見開き彼に矢継ぎ早に聞き返した。


「――私がシェフに命じて時空花の花びらをすり潰したものを今朝の食事と水に混ぜたからだ。だから、君は死ねないのだ」


「な、何を勝手なことをしてるの……」


「本当に、私が勝手なことをしたと今、君は思っているのか? 小さな命をその身に宿してもなお、死にたいと願っているのか」



 クロノスさまが、私の心を見透かすような眼で真剣に穴が開くほど見つめて来る。私の言葉に怒っているのだろう、眉を吊り上げ眉間にしわが寄り、その顔は少し強張っているように見える。



 私は静かに首を横に振り、頬を染めて叱られた子供のような眼でクロノスさまを上目遣いで見る。


 私を鋭く真剣に見ていた彼の表情が、一気に緩んで来て今にも、泣き出しそうに瞳が潤む。



「ありがとう、私の麗華。子供の為にも、私の為にも、そして、なによりも君自身の為にこれからも生きて欲しい。わがままな私からの願いだ」


 珍しく、クロノスさまが頭を下げて涙を流している。本当にあなたは泣き虫ね。

 こんなに想ってくれるひとを独りにして逝けるわけないじゃない。



莫迦ばかね、こんなに大切にされたら死ねないわよ。私は大切なひとの為に生きていく、永久に生きるということがようやく、分かったの。好きよ、クロノスさま!」



 やがて私は時空花を食べなくても、生きられる女神となった。心の変化を受け取った主神が願いを聞き届けてくれたみたいなの。


 これからも私はあなたと永遠に生きていくわ。


 -おわり-





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 最後までお読みいただきありがとうございました。

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