タンスの中に誰かいる
鬱ノ
タンスの中に誰かいる
大学時代の恩師、T教授の葬儀が故人宅でしめやかに執り行われた。
式の帰り道、僕は同じゼミに所属していたタカダという女性とタクシーを相乗りすることになった。在学中、彼女とはほとんど交流がなかったが、帰る方向が同じだったためだ。葬儀の後にもかかわらず、タカダは妙に上機嫌で、タクシーの中で突然話し始めた。
「マユって覚えてる? 私と同じコスプレサークルにいたんだけど」
僕は首を振った。タカダは構わず、そのマユにまつわる大学時代の奇妙な出来事を語り始めた。
******
マユとは、サークル内で唯一同じ学年だったこともあって、すぐに仲良くなったの。
ある晩マユと電話で話していたんだけど、いつものように楽しくおしゃべりしてたら、突然彼女の声が震え始めたんだよ。
「タンスの中に誰かがいる」
そう言った瞬間、電話がブツッと切れちゃった。何が起こったのか全然わからなくて、急いで何度もかけ直したんだけど、全然つながらない。その日は心配で眠れなかった。
翌日、マユは普通に大学に来てた。いつも通りの笑顔で。昨夜のことなんてまるでなかったみたいに。「タンスの中の人」について尋ねたら、彼女は首をかしげて、
「タンスの中の人? 何のこと?」って。
「昨日、電話でタンスの中に誰かがいるって言ったじゃない。それで電話が切れちゃったんだけど、大丈夫だったの?」って聞くと、彼女は笑いながら、
「そんなこと言ったっけ? うちにタンスなんてないよ。デザイナーズマンションだし、タンスなんて部屋のインテリアと合わないでしょ」って。
私も彼女の部屋に行ったことがあって、確かにタンスなんてなかった。でも、昨夜の彼女の声は本当に怖がってるように聞こえたんだよね。何かあったんじゃないかって、疑い始めたんだ。
それから数日後の夜、マユと電話してたら、彼女がまた同じことを言い出したんだ。
「タンスの中に誰かがいる」
冗談だと思って、「もうやめてよ」って返したんだけど、電話はまた突然切れちゃった。
マユとはそれっきり。彼女、行方不明になったの。
マユがいなくなってからすぐ、私は彼女の両親と一緒にマユの部屋を訪れたんだ。そこはおしゃれなデザイナーズマンションで、彼女の家財道具はそのままだった。でも、部屋のカーペットの真ん中に、何か大きな家具があったみたいな四角い凹みが残ってた。前に来た時は、そこには何も置いてなかったはずなのに。
それで私は確信したの。
「タンスがあったに違いない」って。
******
コスプレサークルのメンバーだったタカダは、常にメジャーを持ち歩いていた。その場で彼女は、カーペットの凹みの縦横サイズを測ってメモしたそうだ。他に何ひとつ、消えたマユの手がかりがなかったからだ。その日以来、彼女はタンスや似たような家具を見ると、メモしたサイズと照らし合わせて確認するクセがついたらしい。しかし、カーペットの凹みから取ったサイズは中途半端な数字だったため、一致することは一度もなかった。
タクシーが、タカダの住むアパート近くで静かに停まった。彼女は言った。
「今日先生のお葬式で、探していたサイズが見つかったの」
「今日? 家具を測ってたの?」
「家具じゃないよ」タクシーのドアが開くと同時に、タカダは言った。
「棺だった」
「え?」
「それで、ずっと抱えていた疑問が解けたんだ。タンスの中に人がいたら不自然だけど、棺に人が入っていても、それは普通だよね」
そう微笑む彼女を残し、ドアが静かに閉じた。
(了)
タンスの中に誰かいる 鬱ノ @utsuno_kaidan
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