第2話:学舎(まなびや)の邂逅
「全く、さっきお前に蹴られた背中がまだ痛いんだが・・・」
「お前もか、キャメル・・・おい、アヤメ・・・」
「あー・・・ごめん、スマぬ。」
延々とこんな会話を繰り返しながら、次の授業視察に向けて三人は長い廊下を歩いている。
「しかしアヤメ、お前さんまた海賊退治で戦果を挙げたらしいな。いよいよ中佐への昇進も目前だと聞いているぞ。」
キャメルが我が事のように嬉しそうに話している。ラークも横でうなずきながら嬉しそうだ。
「ようやくあたしも二人と階級並べられそうだからねー、頑張るよ!」
「お前さんの場合は、ご両親の大病による休職が無ければとうの昔に昇進している。頑張れよ!」
ラークが肩を軽くたたきながら笑顔を向ける。
「応!」
白い歯を見せながらニカッと笑うとアヤメはガッツポーズを取って見せた。
「・・・それにしても」キャメルがいたずらっぽくアヤメを眺めまわしている。
海兵隊の制服は陸海軍とは違いより白兵戦を意識した装いとなり、正装としても使えるダークグリーンのミリタリージャケットにグレーのシャツとブラウンがかったホワイトのスカーフ、黒のパンツとカーキのショートコンバットブーツが平時の装いとなる。
アヤメに限らず戦闘時の女性兵は胸が邪魔にならないようにきつめのアンダーウェアを着用する者もおり、アヤメも戦闘時は着用している。ただ、今回の様な内勤任務の場合はわざわざ胸を苦しくする理由もないので楽なアンダーウェアを着用している。
その為、アヤメの場合は引き締まった体にタイトな軍服も相まって特に胸が強調されるのだ。軍用規格のシャツではサイズが合うものが無かったため特注である。それでも隠しきるには至らず、異性の目を惹きつけすぎるほどには惹きつけている。
「シャツの隙間から見えているな、今日は・・・赤か。」
次の瞬間、キャメルの
女性とは言え戦闘のプロである海兵隊員。並の男性では全く歯が立たないのだ。
一方、まともに拳が自らの腹にめり込んだキャメルは『うぐふぅっ!』とうめくが、とっさに腹筋を固めていたため大きなダメージは無・・・い訳もなく廊下に崩れ落ちてしまった。
「ごめん、アヤメ・・・ごふっ」
「セクハラじゃ、成敗致した」
「二人ともやめろ・・・生徒が見ている・・・」
いつの間にか偉大な先輩を一目見ようと生徒たちが周りにちらほら集まっていた。
若手とは言え20代半ばで佐官に昇進し、軍部内では次世代を担う”三人衆”とまで呼ばれている。若手からは羨望の眼差しであり、教えた教官からすれば鼻が高い存在なのである。
そんな三人がふざけている姿は、先輩として余りふさわしくない・・・とラークも注意らしきものはするのだが、まぁ正直本気で止めてはいない。周囲の生徒たちもむしろ仲の良い三人を『軍人の憧れるべき存在』と見ている節もある。厳格な上層部などからすれば苦々しい部分はあるのだろうが、むしろ彼らの仲の良さが若い士官学校生や入学希望の学生たちに対しての格好の宣伝材料となっている点は否めず、大きな問題とはされていない実情がある。
「三人ともその辺にしておけ、そろそろ授業が始まるぞ」グダグダな状況を見かねて声がかけられ、振り向いたその表情が一瞬で緊張の走ったものとなった。
そこにいたのは初老の男性。身長はラークよりも高く190センチはある。赤銅色に日焼けした肌、半ば白髪のクルーカットに同じく整えられた半白の達磨髭が精悍さと老獪さを引き立てる。
陸海軍、海兵隊いずれの制服でもない統合作戦本部所属を示すモスグリーンのスーツに水色のシャツと紺色のネクタイ。襟元と胸元に光る階級章は大将を示していた。
『敬礼っ!』ラークの号令一下三人が直立不動の姿勢で敬礼を捧げる。大将の階級を持つ男性は貫禄のある答礼と共に三人にやさしいまなざしを向ける。
「相変わらず仲の良い三人で何よりだ、同期としてこれからも仲良くしなさい」
「ありがとうございます、カールトン教頭も壮健そうで何よりです」三人を代表してラークが応える。
男性の名はウィンフィールド・カールトン大将。陸海軍、海兵隊を統括する統合作戦本部に所属する軍人で、初等士官学校の校長であり三人が在籍していた当時の教頭である。
「わははっ!今は校長だがね。君たちには教頭と呼んでもらう方がうれしいものだ。」
「ありがとうございます。しかし、わざわざお出迎えに来ていただいたのですか?」
「あぁ、近々私は異動になるのでね。君たち三人に挨拶をと思ってね。」
「どちらへ?」
「統合作戦本部総合軍司令部へ異動という事までは内示されているが、細かいところは今本部で詰めているらしいのでね」
総合軍司令部は作戦本部の管轄下で陸海軍、海兵隊の三軍を指揮統括する実働部隊の最高司令部である。
「出世ではあると思いますが、編成をこれから詰めるというのは妙ですね。既に決まっていてもおかしくないのですが・・・」
「どうやら各国の情勢が少しキナ臭くなりつつあるようなのだ。もしかすると君たちも忙しくなるかもしれん。」
「超過勤務はご勘弁願いたいなあ・・・」
「とはいえ軍人は私の様な階級でも命令には従わねばね、君たちも壮健で。」
「教頭こそご無理をなさらず」
「ありがとう、そろそろ授業開始のチャイムだ、教室に入ってしっかり視察を行ってくれたまえ」
「ありがとうございます、それでは失礼いたします。」
再度敬礼を捧げ講堂の中へと三人が入り視察官席に着席した。
と同時に授業開始のチャイムが鳴り、長丁場の授業が始まった・・・
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