第3話:混沌の迷宮(ラビリンス)
ありふれたチャイムの音が終わると同時に、講壇から重々しい声が響いてくる。
「本日教官を務める歴史学担当のカメリア中将だ。本日は新進気鋭の若手将校が視察に来ておられる。恥ずかしい姿を見せぬように、良いな。」
オリエント・カメリア中将。元は海軍艦隊司令部所属の参謀長として数々の作戦を立案し成功に導いてきた有能な軍人だが、退役間近という事もあり一線を退き後進に道を譲り、自らは若手育成のためとして士官学校への転属を希望して赴任して来た。
一見すると執事の様な風貌をしており、
授業でこそ風格をにじませているが、それ以外の場所では穏やかな笑顔がよく似合う好々爺の風情を醸しており、それだけに底知れない経験と知性の深さを感じさせている。
実際の所は参謀としてだけでなく白兵戦、それもコンバットナイフを使った短刀術に長けており、格闘戦のプロである海兵隊のベテラン教官と模擬戦闘をしても圧勝するほどの腕前だ。参謀でありながら片刃のナイフを両の手に逆手で握り、落ち着き払った動きで多数の敵兵にも焦ることなく水が流れるが如き動きで敵を切り刻んでいく。
その流麗な姿から、『
そんな非リア充に爆発を望まれるような教官が、今や10代の少年少女に教鞭をとりしかも戦略論や白兵戦でなく歴史学を教えている。視察官としてやってきた三人にとっても非常に興味のある講義である。
彼らが在籍時にカメリアは現役の参謀であった為、直接教えを請うてはいない。今回、参謀として勇名をはせた彼の授業を聞けるという事でむしろ現役の学生たちよりわくわくしていた。講堂の後ろの方で
「では、今回は2時間連続の授業という事で、改めて我々の世界について古の歴史から学んでいこう。【古代史】の教科書10ページ、【起源の章】を開きなさい。途中で休憩は挟むのでしっかり聞くように。」
『はい、教官殿!』学生たちの若い声が響く。
「うむ・・・それでは学籍番号・・・今日は6月1日か。61番の生徒、誰かね?挙手したまえ。」
指名された生徒がおずおずと手を挙げる。
「あぁ、イジット候補生だね。それでは、ひとまず教科書を読み上げて行ってくれ。起源の章が終わったら次は16番の学籍番号・・・は誰かね?ルーシア候補生か。彼の後に読み上げてくれたまえ。その後は随時指名していく。」
名前を呼ばれた候補生の二人は自分たちの名前を憶えられていることに驚くと同時に、一人一人の生徒の名前を憶えているこの教官に対しての畏敬の念をひとしお強くしていた。
それは視察官としてやってきた三人の将校にとっても衝撃的だった。自分達であればそこまで部下の顔と名前を完全に一致させられただろうか・・・?との思いが畏敬の念に繋がっていた。
そして名前を呼ばれたイジット候補生は気分を高揚させ、自分たちの歴史を紐解く教科書の朗読を始めた。
歴史学の教科書と言っても、単調な記述で学生たちの歴史に対する学習意欲をそがないように歴史小説の様な記述も多く、学生たちが読書を楽しむように勉学に励める工夫がこの教科書にはちりばめられれている。
緊張した面持ちで、イジットは歴史の扉を開き、過去の学びへと歩み始めた・・・
所謂人類と言われる生物たちの歴史がいつ始まったかは定かではない。
邦歴(F.C)元年が近現代人類の祖とも言われる年であり、既に現在2200年以上を経過している。
邦歴以前については不明なことも多く、明確な人類史が豊富に残されているのは邦歴になる200年ほど前、往国歴(P.C)200年頃から往国0年=邦歴元年頃までである。人類史の始まりが不明である故に、往国歴は0年から過去にさかのぼるほど数字が増えていく数え方とするのが世界共通となっている。
太古の人類は、神々から与えられたとされる魔法と呼ばれる技術を用いて、生活から軍事迄様々な活用をしていた。
ただ、太古の世界はそれを構築する大陸をいくつにも分割して無数の小国家群が乱立しており、常に
それでも、往国歴300年頃までは大小さまざまな国家群の小競り合いによる小規模な軍事衝突は絶え間なく起きていたが、人類の生存そのものを脅かすほどではなかった。
それが一転し、人類存亡の危機となる事態が発生した。
それが往国歴302年、とある小国の大公暗殺事件を端に発した『
302年の戦争開始から、利害関係による参戦が相次ぎ全世界を巻き込んだ大乱となり、それまで全世界で10億人前後は居たと言われる人類の95%以上が死亡し、ごく数か国を残しそれまで世界を形成して来た国家群とその都市群ほぼ全てが灰塵と帰した。残った少数の国家も、そのままでは国家組織として維持していくことすら困難な状況にまで追い込まれたのだ。
時に往国歴292年、邦歴が開始されるまでの300年近くの間、長期的な人類の再起が始まった・・・
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