第13話 *「エレニ」*
しゃく、とレタスのしんせんな音をさせて、ラースはていねいにサンドイッチを三角形に切った。包丁をおいて、そうっとサンドイッチを持ち上げると、そのだんめんはレタス、トマト、チーズ、ハムの色とりどりのそうになっていて、トゥーリは思わず、わあっ、とかん声をあげた。ヨナスさんのカフェで出してもらえるサンドイッチとそっくりだった!
今日はとくべつなお弁当を作って、ソルヤけい谷まで行くことになっていた。ソルヤけい谷はずっとずっと西のほう、ケントをこえてフェルアンの森よりもさらに西へ行ったところにあった。
そこで今日は歩きではなく、カイとフレッドのバイクにのって行くことになっていた。
カイとフレッドのバイクは、ゆうゆうと二人がのれる大きさだ。しかもフレッドのバイクなんか、サイドカーもついているので三人でのれる。トゥーリはこのサイドカーにのるのが好きだ。カイのうしろにピリが、フレッドのうしろにラースがのって、サイドカーがトゥーリ、というのがていいちだった。
ちょうどトゥーリとラースがサンドイッチやおやつをつめおわって、コートやブーツをみにつけてしたくがすんだとき、おうちの外から、バウンバウン、ドドドド、と、バイクの大きな音がしてきた。いよいよ出ぱつだ。
バイクが走るとけしきがびゅんびゅん流れていく。風がゴウゴウとヘルメットと耳のあいだでうずまき、ひゅううとたわむれるように鳴る。ときどきじめんのでこぼこをのりこえるとき、バスンとゆれるのがおもしろくて、トゥーリはけらけらと笑った。
ときどき休けいをはさんだり、お昼のサンドイッチを食べたりしながら(サンドイッチはそれはもうおいしかった!カイもフレッドもピリもぺろりとたいらげた)、まる1日かけてトゥーリたちはソルヤけい谷までやってきた。平らにつづいていたじめんはあちこち岩がごつごつして、ゆるやかに流れていた川は岩と岩の間を水しぶきをあげてかけおりる。
バイクからおりると、ずっとガタガタゆられていたからか、少し足がふらふらした。ピリをせんとうに、フレッド、カイ、ラースとトゥーリとつづき、けい谷に入ってゆく。
このけい谷は、どこもけしきがにていて、しかもいつもうっすらときりがかかっていて、なにもしらずに足をふみいれるとまよってしまう。ここに来ることになれているピリたちは、岩の形や大きさ、岩どうしのきょり、どのじゅんばんでどこの岩と岩のあいだをとおればいいか、おぼえていて、きまったじゅんばんどおりに進んで行く。
すると、切り立ったけい谷の岩はだにはりつくようにたっている古いとうにたどりつく。それは海にある灯台とにていて、いちばん下に入り口があり、てっぺんには小さなガラスのドームがある。
入り口には見なれたすがたがあった。このとうに住んでいて、けい谷の守り番をしているエレニだ。エレニはトゥーリたちに手をふって、いらっしゃい、と笑った。長い金のかみをいっぽんの三つあみにしていて、作ぎょう着を着ている。よく見れば手には金づちももっていた。またとうのどこかをしゅうぜんしていたのだろう。とうは立っているのがふしぎなくらいねんきが入っている。
エレニはおもしろい人だった。こんなところにひとりで住んでいることをのぞいても、だ。見るたびに、すがたが変わるわけではないのに、小さな子どものようにも、活ぱつな若者にも、何百年も生きた老木のようにも感じられる。ひとみの色は光のかげんであかつきの空のようにも、真昼の青空のようにも、夕やけ空のようにも見えた。
エレニはなんでも知っていた。ラースがよい鉄こう石のとれるばしょをきけばサーニガルドのどこそこがいいと答え、フレッドがはじめて見るしょくぶつを持ってくればそれはランのいっしゅだと見ぬいた。ピリがむこう3日の天気を知りたがればぴたりと当て、カイが食べすぎでいちょうのちょうしが悪いと言えば足ツボをひとつきしてなおしてあげた。トゥーリがラースにきいて知らんと言われたことをエレニにきいて、答えられなかったことはなかった。
エレニの住んでいるとうもふしぎだった。外からはずいぶん小さなとうに見えるのに、入ってみると思っていたよりかなり広くかんじるのだ。それにラースとトゥーリのおうちに来るといつもおまつりさわぎするカイ、フレッドとピリが、いつもとちがっておなかいっぱいのねこのようにくつろいでおとなしかった。
とうの1かいはガレージになっている。金づちやスパナ、ノコギリにたくさんのくぎやネジ、だんろようのまきとおの、ロープに毛皮に何かのどうぶつのつのなど、ありとあらゆるものがごちゃごちゃしている。お風呂にするための大きなドラム缶もある。
とうの2かいがリビングで、大きなだんろと大きなソファがおいてあり、エレニはこのだんろをキッチンとしてもつかっていた。かべぎわのすてきな食器だなにはさまざまなかたちやもようのカップやお皿が並び、トゥーリのお気に入りは1だんめの手まえにあるピンクのチューリップがらのティーカップで、いつも使わせてもらっている。
3がいにはいちめんふかふかのじゅうたんがしきつめられており、ベッドやハンモック、カウチにたくさんのクッションがあって、みんな思い思いのばしょで休けいしたり、眠ったりした。
4かいは図書室だ。かべいっぱいの本だなは天井まであって、上の方の本はそなえつけのはしごにのぼらないと取れない。古い本もあたらしい本もあって、エレニがこまめにそうじしているからか、ほこりひとつかぶっていない。ずかんもあれば、ものがたりもあった。
そして5かい、とうのてっぺんはぶあついガラスのドームになっていて、けい谷のおくに面しているところはまどがあくようになっている。中央には巨大なガラスのレンズと、きょだいなガラスの球のようなものが台座におかれていた。でんきゅうというのだそうで、とくべつな力をくわえると太陽のようにまぶしく光るのだ。
エレニはこのでんきゅうを光らせることができた。エレニがガラスの球の置かれた台座のとってをしっかりにぎると、ビリビリ、ジジジと音がしてでんきゅうがまばゆい光をはなつ。そのひかりをレンズに通すと、けい谷の決まったばしょにせっちされているかがみにはんしゃして、とおくとおくのほうからもこの光が見えるので、迷子にならずにすむのだ。
トゥーリがびっくりして、エレニはまほうつかいなのときいたら、エレニは笑って、まほうつかいではないんだなあと言った。でもこんなことができるのはまほうつかいにちがいないので、エレニはひみつにしたいのだとトゥーリは思った。すてきなことをひみつにすると、もっとすてきになるのだということを、ジェンさんにおしえてもらったからだ。
エレニのとうにとまるとき、エレニやラースたちはトゥーリに色んなおはなしをきかせてくれた。
しょくぶつや生きもののこと。空や風や天気のこと。大地のこと。まちやむらのこと。色んなひとのでんせつやものがたり。したらよいことやわるいこと。まほうのこと。星のこと。りゅうのこと。
そんなおはなしをしながら、トゥーリたちはしばらくのんびりと、このとうですごすのだ。けい谷で魚をつったり、弓矢で鳥をつかまえたり、食べられる草や実やきのこをあつめたり、パンをこねてやいたりした。ときどき、どうやってつかまえたのか、カイやフレッドが大きなイノシシやシカを狩ってくることもあった。
このけい谷とエレニのとうにはたくさんのすてきなものがあったが、トゥーリがその中でもいちばん好きなのは、けい谷のおくのおく、切り立ったがけからふりそそぐ巨大な滝だ。雨の何倍も何百倍も多くの水が、どうどうと大きな音を立ててとぎれることなく落ちてくる。水しぶきのかかった岩は黒くつやつやとして苔むしている。一体どれだけ高いところからはじまっているのかわからないほど高い滝を見上げると、ときどき、きりの向こうににじが見えるときがあるのだ。
あの上には何があるの?
トゥーリがたずねると、ラースは、別に、何も、と言って、さっさともと来た道をもどりはじめてしまった。カイたちもそれにつづいたので、トゥーリもしかたなくそのあとを追った。そうでなければずっとずっと、1日中でも滝を見ていられると思った。
とうにもどると、エレニがイノシシの肉ややさいがたくさん入ったスープを作ってまっていてくれた。大きな木のおわんによそって全員にまわすと、エレニはにやっと笑う。
さて、トゥーリ、今日は何のおはなしがききたい?
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