第9話 ◆「海へ行く」◆

今日、トゥーリとラースは少しとおでして海まで来た。海辺には色んなものがおちていて、トゥーリはおたからさがしをするのが大好きだ。


ももいろの貝がら、うずまきの貝がら、うすみどり色ですべすべした石、何かの化石、海と同じ色をしてかどのまるくなったガラス、魚をつかまえるあみのきれはし、うねうねした木の枝、スカスカのサンゴのかけら、ふしぎなもようのかかれたはへん。


トゥーリがおたからさがしをしている間に、ラースは珍しいかいそうやこう石をとったり、ジェンさんとこうかんしためずらしい力のあるまよけを海水できよめたりして、しょうひんバッグにためこんだ。


今日は二人は岩ばで釣りをしていた。このじきになると沖の方からたまごをうみに岩ばによってくる魚をとって、あぶらののった身とたまごとに分けてほぞんしょくをつくったり、じょうぶな皮を干して、ふくやそうしょくひんのそざいにするのだそうだ。


けれどこれがすばしっこくて、ずるがしこくて、なかなか釣れない。さおの先がぴくぴくっとしたしゅんかんに、えいっと引き上げると、えさだけ取られてしまう。


とくにラースはせっかちなところがあるので、トゥーリよりも釣れていなかった。トゥーリはさおの先がぴくぴくっとしても一呼吸待って、ぐっときたらぐいっと上げるのがうまかった。


ラスムスさんは釣りがうまかった。


ラースはちょっとむすっとしたかおで釣りばりのエサをつけかえながらつぶやいた。


ラスムスさん?


トゥーリが聞き返すと、ラスムスさんはおれの親だ、と、波間に糸をたらしながら、ラースがめずらしく自分からぽつぽつと語り出した。


トゥーリは、波と風の音にまぎれそうになるラースの低くおだやかな声に、じいと耳をかたむける。


ラースの話によると、ラスムスさんとは、とても大きな人なのだそうだ。体も声も心もとても大きいのだという。どのくらい?とトゥーリがきけば、おれをすっぽりうでの中におさめてしまえるくらい、とラースはこたえた。


それは、すごく大きな人だ。トゥーリは目をまあるくする。

でも、そのときはおれも、おまえくらいの子どもだったんだ、そういえば、と、ラースが笑った。

めずらしくラースがやわらかく笑ったので、トゥーリはとてもあたたかいきもちになって、うれしくなった。


ラスムスさんは、ラースをやわらかいえがおにできる、すごい人なんだ。


それからトゥーリは色んな話をきいた。

ラスムスさんは、りょうりが上手で、いつもにこにこしていたということ。ラウリみたいだ。それから、おこるととってもこわかったけど、あとでかならず、頭をなでてくれたこと。それは、ラースに似てる。ちょっととぼけてて、よくみんなを笑わせていたこと。カイとおんなじだ。ときどき、ほんとかうそかわからないジョーダンを言っては、ラースをからかっていたこと。フレッドもよく、そうしている。そして、ピリみたいに、とっても食いしんぼうだったこと!


ラスムスさんは、トゥーリにとってのラースとおんなじように、ラースの親だったこと。とってもとってもラースのことを大切にしてくれたこと。ラースのともだちのカイたちにもよくしてくれてなかよしだったこと。この海の近くの小さなあたたかい家に住んでいたこと。


あるとき、ラースを守ってしんでしまったこと。


なにがあったの?トゥーリがたずねると、ラースは、ちがうものどうし、わかり合うのは、むずかしいときがあるんだ、と言って、それっきり何かを考えこんでいるのか、だまってしまった。


トゥーリには、人がしんでしまうとどうなるのか、よくわからない。この前山に行ったときに、ヨモギッポイネンをたおして食べたけれど、今ラースが話していることはなんだか、そのときトゥーリがかんじた命のつながりとは少しちがう気がした。ラースにならって、少しかんがえてみたけれど、わかりそうにもなかったので、きいてみようかとかおをあげたら、ラースはもう、いつものように、はらがへったな、そろそろかえるか、と言って、立ち上がっていた。


トゥーリはラースのあとについていきながら、海をふりかえる。

大きな大きな風と波。

トゥーリは、ラスムスさんは海のような人だったのかもしれないと思って、海に向かって小さく、さよなら、とつぶやいた。


どうしてか切なくなって、ラースの手をにぎると、ラースは、きゅ、とトゥーリの手をにぎりかえしてくれた。

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