1-4 俺はライラと生きていく

「ほら、こっち」


 ライラに手を引かれるようにして小さな副坑道に、俺は導かれた。


「それにしてもチャームの魔法を施されて気絶するとか、あんたどんだけ魔法耐性低いのよ、ゴンゾー。あれ攻撃魔法とかじゃなく、加護魔法なのに」

「すまん」


 自分でも情けないが仕方ない。あの幻影のせいかもだが、そうも言い切れないし。


「ちょっと待って。今、解錠魔法使うから」


 坑道はすぐ行き止まりになり、ルーン文字が刻まれた扉がある。ライラが呪文を唱えると文字が一瞬輝き、扉が開いた。


「さあ、入った入った」

「……ここは」


 もちろん窓など皆無の地下洞窟だが、魔導照明が優しい光を投げている。ワンルームマンションほどの狭い部屋。ごつごつした岩肌の壁は白い布で隠され、穏やかな雰囲気。簡素なキャビネットと小テーブル、それに椅子が一脚。あと小さな寝台が置かれている。


「あたしの部屋」

「な、なにすんだよ」


 状況が状況だ。女子の部屋に招かれたといっても、甘い展開などあるはずがない。むしろ解剖されるとかのほうが怖い。なんたって俺は、ライラとグリモワールの実験体だし。


「お風呂、入れたげるよ。オークは風呂嫌いだけど、あんた変わってるから。多分、入りたいでしょ」

「まあな」


 実際そうだ。臭い汗ぬるぬるで体がべたべた、おまけにあちこちがかゆいんで、実は気が狂いそうというか。


「はい、ここ」


 隅の緞帳どんちょうをさっと引くと、バスルームが現れた。かわいらしい脚付き湯船には白濁湯がすでに張られており、花のような甘い香りを放っている。


「ゴンゾーにはちょっと小さいけど、体を屈めれば入れるでしょ。ほらほら、服脱いで」

「お、おう」


 こんなライラだが、一応は女子だ。後ろを向くと俺は、こそこそ脱衣を始めた。


「着てたボロ服は、脇のゴミ箱に捨てといてね。臭いし。代わりにあたしが清潔な新品、用意しといたから。……グリモワールの手前、わざとボロっぽく破いてあるけど」

「グリモワールと言えばさっき、脳内にビジョンが再生された。お前とグリモワールが戦っ──」

「こっち見て!」


 刺すような口調。


「それ以上口にしたら、殺すから」


 睨まれた。真剣な瞳だ。


「誰にも言っちゃダメだよ、ゴンゾー。グリモワールに伝わっても殺されるし。それも……拷問の末に」

「……そうか」

「バカゴンゾー。でも……なんでそんなビジョンが見えたんだろ。あり得ないんだけど……」


 言うだけ言うと、ライラはくるっと後ろを向いた。


「とにかくさあ……わかったら早く湯船に入ってよ。男の人の裸……見ちゃったの初めてだし」

「わ、悪い」


 そういや下半身、丸出しになってるわ。……ライラと絡むと、どうにも調子が狂う。悪の手下みたいなことしといて、今さらウブなこと言われてもなー。


「……ふう」


 体を縮めるようにしてなんとか湯船に体を嵌め込んだ。胸までしか入らないが仕方ない。乳白湯がざあっと溢れ、床に広がった。


「悪いな」

「気にしなくていいよ。お湯は染み込むから、むしろ床がきれいになるし。それより……」


 微笑んでくれた。


「気持ちいいでしょ。それ、エルフの薬湯だからね。肩や頭にも掛けるといいよ。ひと月くらいは体を清潔に保ってくれる。それに体臭が消えて、いい香りになるよ」

「すまないな、ライラ。……お前は毎日入ってるんだろ」

「そうだよ。……はい」


 湯船の脇で膝立ちになって、ライラが湯を頭に掛けてくれた。手ですくって。


「エルフの薬湯は、傷跡にも効くのか」

「……ありがとう、ゴンゾー」


 俺のゴツゴツ手を、包むように握ってくれた。小さな手で。


「あたしのこと、心配してくれるんだね」


 微笑んだ。


「やっぱりあんた、相当変わってるよ。オークじゃなく、中身は人間みたい」

「たまには先祖還りも出るんだよ。たしかオークって、はるか昔はエルフの一族だったんだろ」

「なんで知ってるの。あんた……」


 手を握ったまま、じっと見つめてくる。澄んだ瞳で。


「オークの知性じゃない。さっきのビジョンといい、やっぱりなんかあるね」

「なにもないよ」


 前世のファンタジー知識が出るとか、警戒心がつい緩んだ。転生して一生無理かもと諦めていた風呂が、気持ちいいせいだ。


 優しくしてくれるとはいえ、ライラは俺のことを実験体として使っている。使い捨てにしていいと、グリモワールに約束させて。普通に考えて、優しいのは、実験動物を健康に保つためだろう。目的達成のために。しかもこいつは、闇の魔法使いの隠し玉的陰謀配信を担当してもいる。


 基本、敵と認識して心を閉ざしておいたほうがいいだろう。かわいらしい処女を演出したのだって、俺を安心させ魅了するための、ただの演技だった可能性がある。


「俺の両親は、魔導大陸を放浪したスカウトオークでな。色々な見聞を、俺に教えてくれたよ。まあ……オーク狩りに遭遇して死んじゃったんだけどさ。近くに開いていた大穴に、かろうじて俺を放り込んで」


 前世での原作ゲーム知識を生かして、適当な話をでっち上げた。


「それであんただけ突然、ここに現れたんだね」

「ああ。別れを悲しむ余裕すらなかった。気絶から目が覚めたら自分の名前すら思い出せないで、痴呆呼ばわりの末に奴隷労働だからな」


 しんみりした顔を作ってみせた。


「ふーん。……悲しい話だね」


 意味ありげに首を傾げてみせる。


「でも……オークが成人に達した息子と旅するなんて……あるのかな」


 嫌な笑顔を浮かべると、頬にあるライラの傷跡が引き攣れた。


「まあいいや。そういうことにしといてあげるよ、今だけは」


 俺の手を、撫でてくれる。


「その代わりゴンゾー、あんたもあたしのこと探らないでね。約束だよ」

「ああ。……約束だ」


 ライラの手を、そっと握り返した。力を入れすぎて潰さないよう、気をつけながら。


「優しいんだね、ゴンゾー。あたしも……そういう彼氏が欲しかったな」

「こんなとこから逃げて、ドゥエルガーの男を見つければいいじゃないか」

「無理だよ、もう。あんたはグリモワールの力と恐ろしさを、なにもわかってない。それにあたし、こんな顔だし」


 顔の傷跡を指差す。


「服の下の体だって、同じだからね」

「お前はきれいだよ。だから気にすんな」


 傷こそあるものの、顔の造作や体つきは俺、つまり底辺オークよりはるかにマシだ。なんたってこっちはブ男、デブ腹、短足と、スロットが三つも揃ってやがる。筋力があって痛みに耐性が高いのだけが、オークの強みだ。


「傷跡なんて、肌にミミズがくっついただけだと思えばいいさ」

「ぷっ」


 ライラは噴き出した。


「ミミズだって嫌だよ、あたし。ゴンゾーあんた、それで慰めてるつもり?」


 ついにこらえ切れず、ゲラゲラ笑いとなる。


「あんたといると退屈しないわ。……あとは自分でやってよね。あたし、あっちでお茶の用意しとくから」

「そうする」

「替えの服は、脇に置いてあるから」

「助かる。……なあライラ」

「なあに、ゴンゾー」

「ありがとう。なにもかも」


 本音だ。こいつもとんでもない陰謀野郎かもしれないが、少なくとも死を待つだけの地獄労働からは救ってくれた。俺はこいつと生きていくわ。


「……」


 無言のままのライラに、じっと見つめられた。心なしか、瞳が潤んでいる。


「いいんだよ。今となってはゴンゾーだけが、あたしの光だし」


 俺の手をそっと離すと、立ち上がる。ライラの体から、いい香りが広がった。心を惹く、少女の香りが。


「これからもよろしくね。そして……」


 俺の頭を子供のように撫でる。


「今晩の配信、頼んだよ。初回があれだから評判を呼んできっと、待機がすんごく多いよ」


 それでいい。俺はこの世界で、ライラと共に生きていくさ。いずれ……グリモワールの野郎をぶち倒してな。

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最底辺オークに転生した俺、エルフ擬態VTuberとしてうっかりバズってしまう。 猫目少将@「即死モブ転生」書籍化 @nekodetty

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