1-3 闇の魔法使いグリモワール。そしてライラの「過去」?

「謎エルフ配信が、デビュー配信からこんなに受けるとはねー」


 愚痴りながらもライラは、配信システムラックにサーバー(らしき輝く金属の塊)を載せていった。


「ほらゴンゾー、それは一番上」

「おう」


 初配信翌日。ライラはさっそくシステム増強に動いている。俺はもちろん、奴隷的肉体労働役として動員されているわけさ。原作ゲームのドゥエルガーは魔導力と知性に優れるが、筋力はそこそこの設定だ。脳筋オークはちょうどいい相棒ってわけさ。


「このつる植物で、そことここを繋げるんだろ」


 よくわからんが、多分これがケーブルみたいなものなんだろう。


「うん……って、ゴンゾー、あんたオークのくせに頭いいね。……勘が鋭いだけかもしれないけどさ」

「ほっとけ」

「あんたを選んだあたしの選別眼よね」


 嬉しそうだ。


「ほっとけアゲインだ」

「うんそこ。次は青の蔓をこっちに」

「お前、ホントに人使い荒いな」

「ごめんねー。でもゴンゾーにはマジ、感謝してるからさ」


 さりげなく俺の腕を抱いてくれたんで、ちょっと驚いた。生意気に胸がある……のに驚いたわけじゃない。この世界で嫌われるオークという底辺社畜……じゃないか底辺魔族に触れてくれたからだ。普通は怒鳴って命令するだけだし、それでもオークが理解できないと鞭や棍棒で殴られるからな。


 堕落したとはいえ、ドゥエルガーは上級種のエルフ眷属だぞ。こんなことあるか?


「なんだ、仲が良いではないか」


 背後から、冷たい声が響いた。振り返ると、オークの俺より背の高い老人が立っている。白いシャツに灰色のローブ姿。真闇色の曲がりくねった杖を地面に突き立てて立っている。


「グ……グリモワールさ、様」

「朝から精が出るな、ライラ」


 俺を無視して、ライラに話し掛ける。なぜか皮肉な笑みを浮かべている。


「ああグリモワール。配信見てたでしょ。あたしの狙い、ばっちり当たったじゃん」

「たまたまだろう。……ヴァレンティナのおかげだ」


 顔を出したとかいう人間姫の名前だ。原作ゲームでは、主人公に無理難題を押し付ける役。それでいて最終的には主人公に惹かれ王宮に招いて、主人公を慕う恋人たちのひとりとなる。


「ああヴァレンティナね。なんでこんな底辺配信見たんだろ」

「多分、普段から配信を漁ってるんだろ」


 思わず口を衝いた。


「王女なんて、幽閉されたも同然のお人形さんだ。勝手に外に出るわけにもいかないし、私室に籠もって退屈しのぎするしかない。そらオタクにもなるわ」

「ほう……」


 初めて、グリモワールが俺に視線を置いた。


「配信を見る限り、よくいる痴呆オークかと思っておったが……」


 探るような瞳になる。


「まさかお前……」

「あたしの力だよ。人を見る目だけはあるからねー」


 さりげなく、ライラが俺から体を離した。


「ただ配信はまだまだね。昨日だって自己紹介して倒れただけだし。謎の失神芸」


 ほっと息を吐く。


「……まあよい。配信は監視できるしのう」


 じっとライラを見る。


「面白い実験体を見つけたな、ライラ」

「うん。でもこれで、ゴンゾーをあっさり殺すわけにはいかなくなったでしょ。貴重な存在だよ。初回でもう王女ヴァレンティナと繋がったんだから」

「ヴァレンティナか。王のただひとりの子供……」


 くっくっと笑う。


「……使える。いずれ姫にはワームを撃ち込んでやる。私に恋い焦がれるようにな」


 とんでもないことを口にする。さすがは極悪、闇の魔法使いだ。


「いいねー、それ」


 ライラの奴、こんなクソ野郎の味方かよ萎えるわ。どうにもライラのキャラが掴めないな、俺。


「お前も私に感謝するんだぞ、オーク。死の坑道から解放させたんだ」

「は……いグ、グリモワール様」


 嫌だがここはへりくだるの一択。死にたくはないからな。にしてもせめて俺の名前くらい口にしろっての。なんだよ「お前」扱いとか。


「で、次はどうするのだ、ライラよ」

「うん。今晩第二回配信だよ。もちろん、グリモワール絡みの配信とはわからせないようにするから。ただの謎エルフ配信だからね」

「そうしてもらおうか。……いいか、姫だけではなく、もっと強い追従者を獲得するのだ。コマはいくらあっても足りないからな」


 口が裂けるように動いた。どうやら笑っているらしい。


「はーいっ。……ならひとつご褒美が欲しいんだけど」

「言ってみよ。初回配信成功の褒美に、聞いてやる」

「うん。ゴンゾーにひとつだけ、なにかの力をくれないかな、グリモワール」

「この低能に……力だと」


 睨まれたので、下を向いてやり過ごす。いや睨むならライラだろ、クソ野郎。


「……まあよい」


 杖で地面をどんと突いた。……だけなのに地面が揺れた。


「ではチャームの力を授けよう。魅了効果は、配信視聴者を獲得するのに役立つしな」

「いいね、それ」


 ライラは大喜びだ。


「オークのチャーム値は、ゼロどころかマイナスだもんね。チャームの魔法を使っても他人なんか魅了できやしないから、ゴンゾーがそれを有意義に使える可能性はゼロ。だからグリモワールの敵にはなり得ない。……でもアバターは別。なんたってハイエルフだからさ。基本的に元からチャーム値が高い。それがさらに上がるんだから、これもうインフルエンサーみたいなものだよ」


 はあそういうことか。ムキムキクソ野郎とはいえさすがは闇の魔法使い。頭は回るな。それに狙いを瞬時で理解したライラも。


「じっとしておれ、カス。動くと輪郭把握が偏差して体が切れるやもしれんからな、低能」


 カスだの低能だの呼ばわりの上に、おっかない話をする。


「わ、わかりました」

「話すな。顎が動くと首が落ちる」


 こえーっ。


 と、俺の体は、内側から温かく……というか熱くなってきた。多分これが魔法を施されている感覚なんだろう。


 えっ!?


 突然、脳内にビジョンが再生された。どこか荒野の。見えているのは俺の右手。例の杖を握るローブ姿だから、グリモワール視点なのだろう。過去の記憶と思われる。


「グリモワール」の前方に何人も、戦士や魔法使いが倒れている。こちらに向かい。血溜まりができ腕が千切れていたりするから全員、グリモワールと戦った末に死んだということだろう。


 ただひとり、いまだに立っている戦士がいる。白銀に輝く彫金鎧姿。革の弓籠手で、小さな身体に似合わないほどの長弓を引き絞って。こちらを睨む小柄で銀髪。きれいな顔は憎悪に歪み、まっすぐ「グリモワール」を睨んでいる。


 あれは……ライラ!? 顔に傷跡が無い。グリモワールと戦ったのか、過去に。それがなぜ今は傷跡だらけの姿でへこへこ下働きを……。


 ライラは矢を放った。銀色の矢は、不思議なことに自然法則に逆らい、放たれてから加速した。空気を切り裂くかのような衝撃波を引きながら。やじりは燃えるように赤熱し、輝いている。生き物のようにまっすぐ、俺──「グリモワール」の胸に向かい、さらに加速を続け……。


「あっ!」


 体の内側が貫かれるような痛みを感じた瞬間、俺は気を失った。

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