第2話 魔女の惑星

 ニクスは潜伏先の村で稼いだ金を持って、宙港へ向かうことにした。集落の村人で、穏やかそうな壮年の男がちょうど宙港への荷を運ぶので荷車に同乗させてもらう。荷車を曳いているのは、ロバのようだった。地球産のロバは、さまざまな惑星に家畜として輸出されているのだ。

 ニクスが移住した魔女たちの惑星アプト=クムでもロバが飼われていて、荷運びや農作業に利用されていたものだ。ニクスは魔女の惑星での暮らしを懐かしく思い出した。宇宙船で惑星間を航行する時代ではあるものの、惑星の大部分は辺境であり、最先端技術とは無縁の鄙びた暮らしをしている。さらに言えば魔女たちは自らの魔力を保つため、意図的に科学を遠ざけて自給自足の生活を選んでいた。魔法も古代の技術の一種ではあるのだが、現代の科学技術とは異なる論理で作用するからだ。

 ニクスは魔女たちの惑星の村の祭りを懐かしく思い出した。

 集落の周囲の田畑で収穫が終わると、魔女たちは収穫祭を行う。夜が更けるまで歌い踊る、あの時間をニクスは愛していた。気心の知れた仲間たちと笑い合い、それぞれのパートナーと手を繋いで躍る。現代の魔女は力が弱まりつつあり、魔力の相性のいい者同士でパートナーになることでマジックアイテムを発動させることができる。また、互いに二年間の旅で得てきた知識を共有して魔女としての技術を高め合うためにもパートナーの存在は重要なのだった。ニクスのパートナーはカナ星出身のクィムクスクだった。カナ星人は地球人と似た容姿だが、髪や肌の色は地球人にはない多様な色を持っている。ダンスで回転するたびにクィムクスクの美しく結い上げた白い髪に星の光が反射するのが美しく、ニクスの目に焼き付いた。

 ――早く帰りたい……。でも、帰っていいのかな。

 ニクスは荷台で不安に思いながら、左手首を取り巻く蔦の刺青を撫でた。刺青は魔女の村ではパートナーがいるという意味を持つ。左手首を見るたびにクィムクスクの顔が思い浮かんだ。もし自分に追手が掛かっているのなら、魔女の村へ帰れば敵を引き連れていくことになる。宇宙の片隅に潜んでいる魔女たちの惑星を宇宙連合に知られたら、魔女狩りで一網打尽にされかねない。いっそ村に帰らず、まったく別の星へ向かうべきだろうか。そうすれば、恋人や仲間たちを守ることができるだろう。けれど、稀少なマジックアイテムである《天球儀》を魔女たちの惑星に届けることも重要だ。

 魔女として義務付けられた二年間の旅に出る前夜、クィムクスクが占ってくれたときのことを思い出す。二人で手を繋いで歌いながら、マジックアイテムである古代文字の刻まれた石板を用いてクィムクスクが未来を占った。

『ニクス、あなたは旅の中で稀少なマジックアイテムを得るでしょう。でも、その後に危機に陥る。……そのときは必ず私の元へ帰ってきて』

『もちろん。きっとこの惑星に帰ってくるからね』

『――そうじゃないわ。ここに、ではなく、私の元に帰るのよ』

 クィムクスクはニクスの手を取った。紙のように白い指先が、ニクスの左手首に巻き付く蔦を象った刺青をなぞる。同じ紋様はクィムクスクの手首にもあった。共に生きると誓った記念に二人でそろって入れた刺青だ。

『ここに戻るのも、クィムの元に戻るのも、どちらも同じことでしょう?』

『いいから約束して。私を諦めないって』

『分かった』

 ニクスは笑ってクィムクスクの小指に自分の指を絡めた。そうして指切りの歌を歌う。地球人の成人の感覚では指切りは子どもがすることだが、魔女たちはこうした仕草や歌を『魔力の籠もった儀式』として重視するのだ。予想通りクィムクスクは満足そうに微笑んで指切りをしてみせた。

 ――クィムが念を押したのは、私がこうなる未来が見えていたからなのかもしれない。

 そう気づいて、ニクスは恋人の気遣いに涙が出そうになる。あのとき、クィムクスクはニクスが仲間を守るために一人で遠くへ行こうとする未来が見えていたのかもしれない。だから念押しで約束をさせたのだろう。ニクスは衣服の下の左手首の刺青を指先で辿りながら、恋人のことを想った。

 やがて小さな宙港に辿り着く。ニクスは村人に謝礼を渡して、荷車から降りた。宙港は宇宙連合の兵士たちが警戒態勢で監視していた。宙港に入る際にニクスも尋問されたが、香を用いた幻惑の魔法で上手く誤魔化して通り抜ける。そうしてニクスは宙港からシャトルに乗って飛び立ったのだった。


 魔女の惑星は、宇宙の中心部から外れた辺境にある。シャトルをいくつも乗り換えて、魔女の惑星のある宙域に辿り着く頃には、宇宙連合の魔女狩りから逃げ出して二カ月間が経過していた。それでもようやく帰ってきたのだと、ニクスは星図で現在地を確認しながら胸を撫で下ろす。

 魔女の惑星アプト=クムは寒冷な気候だ。一年の半分は雪に閉ざされた世界となる。今はまさに冬の初めの、雪が積もり始める時期だった。これがもっと後なら、吹雪でシャトルが宙港に降り立てない場合もあっただろう。まだそこまで悪天候になる時期でもないため、ニクスの乗ったシャトルはスムーズに宙港に降り立つことができた。

 宙港から徒歩で二時間ほどの自宅へたどり着く頃には夜更けになっていた。雪がしんしんと降り続く中、ニクスは自宅の前に立って扉を叩こうとする。と、不意に扉が開いて中からクィムクスクが飛び出してきた。彼女は二年間の旅の予定よりも早く帰ってきたニクスを見て驚く風もなく、両手を広げて強く抱きしめる。

「おかえりなさい、ニクス」クィムクスクが涙声でそう言ったのは、占いでにニクスの身に起きたことを知っていたせいだろう。ニクスが旅を中断した理由を説明しようとすると、クィムクスクはそれを制して言った。「村長のところへ行きましょう。すぐにあなたの身に起きたことを報告しなきゃ」

 そう言うクィムクスクには、この先の未来も見えているのかもしれない。ニクスは疲れていたものの、恋人とともに魔女の村の村長の家へ向かった。村長のミュラッカはアプト=クムの生まれで、典型的なアプト=クム人の姿をしている。地球のネコ科動物のような姿をしているものの二足歩行で、成人女性の身長は一八〇センチ前後。彼女の首や腕には幾本ものネックレスやブレスレットが輝いていた。

「ミュラッカ様、魔女の試練の旅の途中で戻ってきたことをお許しください」

「こうなることは先見の魔女クィムクスクから聞いて分かっていました。私のパートナーのラヴィニの星読みでも同じ結果が出ましたから。さすがに今日この日とまでは分からなかったけれど」

 そのとき、部屋の中から村長のパートナーで六十歳くらいに見える魔女のラヴィニが現われた。彼女はハンキ星人で、人間の頭部に鳥類のような身体を持つ。占星術を得意とする大魔女のラヴィニは、これまで村の危機を占って何度も魔女たちを救ってきた実績の持ち主だった。

「ミュラッカ。皆に広場に集まるよう、連絡したわ。私たちも行きましょう」

 ラヴィニは自身のパートナーに厚手のコートを差し出した。ミュラッカは頷いてそれを受け取って外へ出る。ラヴィニの発言どおり、連絡を受けて村の家々から魔女たちが姿を見せていた。皆、緊張した面持ちで村の中心にある広場へ向かう。魔女たちの手にはそれぞれ『マジックアイテム』が携えられていた。ニクスも《天球儀》を胸に抱いて魔女たちの列に加わる。

 広場に辿り着くかどうかというときに、村の入口のあたりで火の手が上がった。空を焦がす炎を背に、二基の宇宙船が接近してくる。船の側面には宇宙連合軍のマークがペイントされていた。怯える魔女たちを鼓舞するようにクィムクスクが「早く広場へ!」と叫ぶ。

「ここで逃げても、武力を持たない私たちは狩られるだけよ。皆の魔法で奴らを撃退しないと!」

 その言葉に魔女たちはふたたび急ぎ足で広場へ向かう。ニクスたちが広場に辿り着いたときには、ミュラッカたちが宇宙連合の宇宙船と対峙していた。



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