第3話 存在証明
『魔女たちに告ぐ』
宇宙連合の船のスピーカーから、男の声が響いてくる。高圧的な響きに魔女たちは不安そうな顔をしつつも、懸命にその場に踏みとどまっている。惑星アプト=クムの村を失えば、皆、他に生きる場所がないからだ。そんな魔女たちを意に介さず、スピーカーはがなりつづける。
『我々は世界の秩序を転覆させかねない古代魔術を扱う魔女を狩るために組織された部隊だ。魔女を見つけ次第、攻撃することを許されている。武器やマジックアイテムを捨てて、ただちに投降しなさい。さもなくば、この集落を焼き払うことになるだろう。投降すれば、生命だけは救うと約束する』
ニクスたちはミュラッカの隣に並ぶ。
「申し訳ありません。きっと私がここへ戻ってきたから、奴らにこの惑星のことが知られてしまったのでしょう。私が別の星へ逃げていれば……」
「そんなことを言うものではないわ。あなたが帰ってくることが、むしろ私たちの生き延びる道だった。正確には、あなたの持ち帰る《天球儀》が必要だったの」ラヴィニが答える。
「ニクス、《天球儀》をクィムクスクへ」
魔女たちの中で今、最も魔力が強いのはクィムクスクだ。《天球儀》をいちばん上手く発動できるのはおそらく彼女だろう。ミュラッカに言われるままに、ニクスはクィムクスクに《天球儀》を差し出す。彼女はそれを受け取って高々と掲げた。ぽつぽつと魔女たちが歌い始める。次第に人々の歌声が合わさって、大きなうねりとなった。クィムクスクは歌声の中で《天球儀》を掲げて魔力を込める。と、《天球儀》から光が溢れ出して広場に宇宙のホログラムを映し出した。幾千の星々の幻影が辺りに投影される。魔女たちは幻影の星の海の中でなおも歌う。
『――魔女たちに告ぐ。今すぐ歌うのを止めなければ、この村を焼き払う』
ニクスは息を呑んだ。怯えたニクスに気づいたのか、クィムクスクが空いた片手を伸ばして手をつなぐ。ニクスもその手を握り返して、恐怖に震えだしそうになるのを堪えた。宇宙連合の船に取り付けられたレーザー砲の口径が輝き始めたとき、魔女たちの歌声も最高潮に達する。
――大丈夫。仲間たちとなら、生き延びられる。
ニクスがそう確信したとき、クィムクスクの手の中で《天球儀》がいっそう強い光を放った。
「なんだ、何も起きないじゃないか!」
そんな男の声でニクスは我に返った。気づけばそこは無機質な部屋の中で、周囲には三人の兵士が佇んでいる。ニクスは椅子に縛り付けられて、身動き一つ取れない状態だった。傍らのデスクの上で誤作動したのか小さな球形から投影された宇宙の姿が取り調べ室の中に投影されている。それは、あまりに牧歌的でこの場にまったく不似合いな光景だった。
「これが失われた古代のマジックアイテムだって? 笑わせてくれる。ただの玩具のプラネタリウムだ」兵士の一人はそう呟いて、球体の玩具のスイッチをオフにした。宇宙のホログラムは消え、その場は無機質なばかりの部屋になる。「この女はただのペテン師か、あるいは妄想癖がある病人だろう。解放しても害はないさ」
兵士たちのその言葉で、ニクスは宇宙連合の要塞から解放された。魔力を失った玩具のプラネタリウムやその他のガラクタと一緒に。とぼとぼと要塞から出て行く私の背に、門の警護を行う兵士たちの哀れみの視線が突き刺さる。
要塞が見えなくなると、ニクスは立ち止まって唇を噛んだ。
衣服の袖をめくれば、左手首には蔦の刺青は存在していない。魔女だというのは、ニクス自身の妄想だったのだろうか。魔女の惑星アプト=クム、魔女の集落、そしてクィムクスク……全部が幻だった? 自分は狂っているのだろうか?
混乱と恐怖と悲しみで、喉の奥から熱い塊がこみあげてくる。ニクスは両手で顔を覆って嗚咽した。
どれくらいそうしていただろう。不意に天啓のようにクィムクスクの声が脳裏に響く。
『――ニクス、何があっても私の元へ戻ってきてね』
クィムクスクは執拗に約束させようとした。ニクスはそれを宇宙連合に捕らえられたときを見越してのことだと考えたけれど、もしかすると彼女はこの事態を予見していたのかもしれない。
魔女としての力の強さは、精神力――とりわけ信じる心の強さで決まるという。だとしたら、これこそがニクスに与えられた試練なのかもしれない。もはやクィムクスクの存在を証明するものはこの世界のどこにもない。それでもパートナーを信じられるか、否かという試練。
「きっとそうだ……」
《天球儀》は一見、プラネタリウムの玩具に見えるけれど、本来の機能は無数に折り重なった世界のうちの一つを無作為に選びだし、展開する装置だ。そして、使用した者だけが以前の世界の記憶を保持することができる。最初に使ったときは私ひとりの魔力で動かしたため、少しだけズレた世界――ニクスが宇宙連合に捕らえられなかった世界を展開することになったのだろう。だが、その次に魔女たちが全員で《天球儀》を作動させたときは、膨大な魔力によって『魔女のいない世界』が展開されてしまったにちがいない。
あのとき、《天球儀》を手にしていたのはクィムクスクだった。彼女を起点に世界が変化したのだ。この世界の《天球儀》が玩具になってしまったということは、この世界に魔女はいないのだろう。だが、一緒に《天球儀》を起動させた仲間たちはそれぞれ記憶を残しているはずだ。《天球儀》を手にしていたクィムクスクも。
「クィムは戻ってこいと言った。無数の世界を渡って、彼女の元へ戻る方法があるはずだわ。それに、皆も私を探してくれるはず……」
十代の終わりにクィムクスクと出会ったとき、ニクスは魔女として生きると決めた。だから、魔女として大成するために信じなくてはならない。この魔法のない世界で、魔女という存在を。自分を信じてくれているであろうパートナーを。たとえ狂っていると後ろ指を指されようとも、魔女であり続けなくてはならない。
「諦めない……。ぜったい、諦めない」
ニクスは呟いて足を引きずりながら歩きだす。プラネタリウムが投影する星のように幻となって消えたパートナーを探して。
了
箱庭の魔女 くまたろー @karasu_003
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