箱庭の魔女

くまたろー

第1話 虜囚

 ニクスは要塞らしき建物の奥深くにある監獄の中でうずくまっていた。部屋にはベッドが用意されているものの、足元の床からしんしんと冷気が立ち上ってくる。要塞そのものは空調が効いているのだろうが、それでも肌寒かった。ベッドに上って膝を抱えることで暖を取るのが精一杯だ。

 ぼんやりと室内に視線を巡らせば、部屋の片隅にある洗面台の上の鏡の中、自分自身と視線が合った。ヘイゼルの髪に同じ色の瞳、オリーブ色の張りのある肌と裏腹に憔悴して隈の浮き出た顔は二十五歳という実際の年齢より老けて見える。

 ここに閉じ込められて、いったいどれくらいになるだろうか。監禁されるときに所持品は奪われてしまっていて、正確な時間を測る術はない。食事が六度、出されたから、おそらく捕らえられてから二日ほどが経過したのだろうと予測する程度だ。

 ――マジックアイテムさえあれば、こんなところ逃げ出してやるのに。

 ニクスは悔しさに唇を噛む。自分は地球人の女性としてごく平均的な体格だ。とはいえ、決して無力なだけの存在ではない。なぜなら自分は魔女だからだ。魔女はさまざまな惑星に魔力――マジックアイテムを作動させる力――を身に宿して生まれる。この魔力が宿るのはどういうわけか初潮を迎えた後であるため『魔女』になるのは女性だけだ。魔女たちはある惑星に集まってマジックアイテムを守りながら共同生活を行っているが、交替で二年間さまざまな惑星を旅することになっていた。太古の技術で製造され、現在まで残っているマジックアイテムを回収したり、魔力を持つ少女たちを見出して、魔女たちが隠れ住む惑星に連れ帰ったりするためだ。

 ニクスが捕まったのもマジックアイテム探求の旅の途上だった。辺境の惑星で発生した眠り病という流行り病を魔女たちに伝わる薬草で治療していたところ、宇宙連合の連中に捕まったのだ。

 宇宙連合は各惑星の政府で作る惑星間平和と協力のための組織だ。ニクスの出身である地球連邦の政府も加入している。彼らはマジックアイテムの魔法で世界を変える可能性のある魔女を、秩序を脅かす危険なテロ集団と認定して魔女狩りを行っているのだった。実のところ、強力なマジックアイテムは悠久の時の中で失われたり、現代の魔女たちの魔力では起動できなくなったりしているため、魔女が世界を変える可能性はほとんどないのだが。いずれにせよ、魔女のコミュニティから惑星間をさすらう際には十分に注意するようにという注意喚起がされている。もちろんニクスも宇宙連合に察知されないように慎重に活動してきたつもりだ。

 だが、今回は下手を打ってしまった。眠り病の流行した村の村人たちをできる限り多く救おうとして、滞在期間をずるずると引き延ばした結果、ニクスをよく思わないある村人が宇宙連合に密告したのだ。この村に魔女がいる、と。長期滞在のリスクは承知していたはずなのに、宇宙連合に捕まってしまったのは自分が迂闊だったせいだ。

 ニクスはうずくまったまま、小声で歌った。魔女たちは歌が好きで、共同生活を行っている集落では誰かがいつも歌を口ずさんでいるのだ。そうしているうちに扉が開いて兵士たちが入ってきた。

「この女、歌ってるぞ。魔法を使う気か?」一人が不安そうに言った。

「馬鹿な。魔法でどうにかできるなら、とっくに逃げているはずだ。連れていくぞ」

「おい、ついてこい」

 兵士に引きずられるようにして、ニクスは立たされた。目隠しをされ、廊下を歩かされる。移動すること十分ほどで頭から布が取り払われた。殺風景な部屋には、椅子とデスクだけが置かれている。ニクスは椅子に座らされ、強化バンドの拘束具で縛り付けられた。さらに、頭部にティアラのような金属の輪を取り付けられる。ニクスはその輪が何なのか聞いたことがあった。

 魔女たちは、自らの意思によって魔法を使う。つまり意思の生じる脳に干渉すれば、魔法を封じることができるのだ。宇宙連合は魔女狩りの中で捕らえた魔女たちの意思に干渉し、最終的には殺すか、廃人にするかしてきた。このままでは、ニクスも魔女狩りの犠牲者たちと同じ運命を辿ることになる。

 ――動揺しちゃだめ。最後まで生き残る方法を考えなくては。

 自分にそう言い聞かせながら、ニクスは傍らのデスクの上に目を向けた。デスクには自分の所持品が広げられている。魔法薬に護符の腕輪、呪いを打ち払う守り刀、あるいは呪いの札や毒薬の瓶も。それらの大半は、マジックアイテムとしてはさほど力のないものだ。ただ、少量の魔力で起動可能なため、魔力を持つ少女を判別する手助けになる。整然と並べられた品々の中にニクスは掌に収まるほどの球体を見つけて、静かに息を呑んだ。

 ――マジックアイテム《天球儀》……。まだ兵士たちはコレが何なのか気づいてないんだ。

《天球儀》は協力な威力を持つ伝説のマジックアイテムの一つだ。今回のニクスの旅の主な目的はこの《天球儀》を魔女たちの村に持ち帰ることだった。

 太古の技術で造られたマジックアイテムは定型の呪文を抑揚をつけて唱える――歌うことによって作動する。手足を拘束されたこの状況でも、歌ってマジックアイテムを起動すれば逃げられるだろう。ただ、魔女狩りにおいて、宇宙連合は魔女であるという証言が取れれば、その場で殺すことも許可している。それほど魔女は危険視されているのだ。そのため、逃亡のチャンスは一度きり。ニクスは覚悟を決めた。

 と、兵士の一人がデスクからニクスの守護の指輪を取り上げて、「これは何だ?」と尋ねる。

「指輪だよ。恋人からもらったの」ニクスは嘘をついた。

「フン。これは?」

「化粧水。肌に合うものを旅行に携帯する人は多いでしょう?」

 兵士は一つ一つ所持品について確認していく。ニクスは答えながら焦っていた。銃を突きつけられ、所持品の説明をさせられているため、歌う暇がない。やがて、残すところは最後の小さな球体――《天球儀》だけになった。

 ――一か八かに賭けるしかない……!

 ニクスは囁くような小声で歌い始めた。その声に気づいた兵士たちがハッと顔色を変える。

「魔法を使う気か……!」

「させるか。魔法が発動する前に殺せ!」

 傍らにいた兵士が焦ったようにニクスに手を伸ばす。手で口を覆って、呪文を止めようとするのをニクスは避けようとせず、むしろ首を伸ばして指に思い切り噛みついた。兵士は悲鳴を上げ、ニクスを振り払って飛びのく。

 部屋の片隅で端末を手にしていた兵士の一人が、慌ててキーボードを叩こうとする。おそらく端末を通じてニクスの頭部の装置が精神を破壊する仕組みなのだろう。しかし、相手よりもニクスの詠唱の方が一瞬だけ速い。《天球儀》が作動して光があふれだした。部屋の中に無数の星が散らばる宇宙のホログラムが展開する。

「……なんだ? ただの玩具のプラネタリウムじゃないか……?」

 兵士の一人が呟く。その言葉にニクスはニヤリと笑って最後の呪文を歌い終えた。と、グンと足元の地面が揺らいだ。まるで静止画のように兵士たちは動きを止め、騒ぎでデスクから落下しかけていた小瓶が空中で静止する。ニクスは目の前に無数に折り重なった未来の可能性を視つめた。グラリと眩暈がして、頭痛と吐き気が襲ってくる。古代のマジックアイテムを用いた魔法は強力で、魔女といえども使えばこうして副作用が生じるのだ。とてもではないが、長時間は発動していられない。ニクスは吐き気を堪えながら、そろそろと折り重なった無数の未来の可能性に手を伸ばした。ろくに選ぶ余裕もなく、《天球儀》を手にしながら当てずっぽうに可能性の一つを掌に収めた。

 刹那、グンと折り重なった世界が一つに収斂した。

 ニクスがいるのは宇宙連合の軍事施設の外だった。振り返れば、満天の星空の下で荒野の岩山に寄り添うようにして無骨な要塞の姿が見える。ニクスはほっと息を吐いた。途端、鼻のあたりにぬるりとした感触を覚える。下を見ればぽたぽたと足元の砂に黒い円ができていた。――否、黒い円に見えたのは鼻血のようだ。そう気づいたものの、鼻血を拭う前に身体を支えきれなくなってニクスは砂の上に倒れ込んだ。要塞の傍にいれば宇宙連合の兵士に見つかるリスクが高まる。けれど、《天球儀》を使ったために疲弊して起き上がれそうにない。

 ニクスはずるずると草地を這って、木の茂みに身を寄せた。冷え込みの厳しい夜をしのぐには、外套もない今の自分の格好では心許ない。せめて風だけでも防がなければ生き延びられないかもしれない。唯一の救いがあるとすれば、この惑星が地球型で大気中に酸素が含まれていることくらいか。

 ――生きて明日、目を醒ませるといいんだけど……。

 不安になりながら、ニクスは茂みの陰で一夜を過ごした。案ずるほどのことはなく、翌日、何とか起き上がれるようになると、人のいる集落を探して歩き出す。幸いにも集落はすぐに見つかった。辺境の小さな集落だったが、宇宙は広い分そういう場所は少なくない。魔女であるニクスが占いや呪いで生計を立てるには、辺境の方が好都合でもある。流浪の占い師という触れ込みで辻占いをしたニクスは三日間で小金を稼いだ。

 何とかこの惑星を脱出しなければ、宇宙連合に捕まってしまう。脱走した自分に追手が掛からないのが気になるが、《天球儀》の力で『ニクスが捕らえられて脱走した』という過去の出来事がなくなったのだろうか。それならば幸いだが、確証はなかった。



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