7. 巫女
揺れる明かり。屋根から降りて、家の一角に家族が集まっている。すえた臭気。赤ん坊は起きてしまっていた。供え物と水を置いた台の前で、巫女のシュバがさきほどから数分間唱えていた呪文を、唱え終える。老婆の声は、時々つぶやきになってしまい、よく聞こえなかった。
新月の夜。毎月の先祖参りの日。もう夜半近くだが、家の中はまだ昼間の熱が残っている。この日は多くの家のお参りが重なるので、エンキサルの家の順番は、最後近くになってしまう。
父と長兄が、墓の蓋を閉じた。実母は、家の隅の区画の床下に埋葬されている。多くの家ではこれが普通である。人々は死者の近くに寝起きし、お供えと祈祷を欠かさない。死後の世界で、困ってしまうことがないように。死者が恨みに思ってわるさをすることがないように。これは、習慣として、誰もが行っている事だった。
家の墓には、エンキサルの実母だけが入っている。実母は、エンキサルがまだ幼いころに、異国人の男といっしょに死刑となった。父は実母を許さなかった、と聞いている。ニンキはいつも異国にあこがれていた、と母が言う。母と実母は姉妹だが、二人の性格は全くちがっていたらしい。
次兄も、行方が分かりさえすれば、この墓に入ることができる。エンキサルは次兄のことをよく覚えている。行方が分からないままなのは、苦しく、家族の中に重い気持ちのままいつまでも残っている。
母がシュバに銀を一粒渡す。この何倍かの銀を渡せば、死者が伝えたいことを巫女が語ってくれ、またこちらからも死者に話しかけることができるということだ。だが、エンキサルの家では一度もたのんだことはない。
荷物をまとめてシュバが家を出てゆく。シュバの押す手押し車のゴロゴロいう音が、通りを遠ざかってゆく。
隠れていた猫が、物陰から出てきた。家で世話をしてもう何週間にもなるが、猫が鼠をとる様子はいまのところ無い。王宮で生まれたときから育てられ、鼠をとることを学ばなかったのでは?とナジミットが言っていた。
家族は寝るために、屋上である三階に登ってゆく。長兄夫婦、母、父、そしてエンキサル。早く寝ろ、明日はまだ学校に行く日だよ。父親がつぶやく。長兄とその妻が、屋上の角で横になり、お互いの体を弄っているのが分かる。
エンキサルは横になり、しばらく静かに目を閉じていたが、静かに起きあがった。手探りで、階段づたいに階下に降りた。
階下の自分の場所においてある、肩下げ袋を持ち上げる。隠している銀の重みでずっしりと重い。
月明かりはないが、ぼんやりとかろうじて道は見えた。エンキサルは、内壁の門へ向かった。巫女のシュバは全部の家をまわったあとに、この門から出て、外壁の町にあるいう彼女たちの区画に戻るはずだ。
門の両脇には、小さなランプの明かりが灯されている。門の横の目立たない位置に立ってしばらく待っていると、シュバが手押し車を押して、歩いてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます