5. 行列

王の死はその翌日に公になった。葬儀には七日間かかる。これは、普通民でも下層民でも同じだった。そして、王もまた七日間のお祭りのあとで、死後の世界の住人となる.

王の葬儀は、エンキサルは初めてだった。やはり、行列があるのだろうか?

十二日間続く新年の祭りが、町での一番大きなお祭りである。その時は、東の町の行列通りで、大規模な王の行列が行われる。そのほかにも、一年に何度かの祭りがあり、そのつど、町の通りを様々な神像が山車に載せられて順番ににめぐる。大きな祭りには、町の住人だけではなく、塀の外の小さな村々からも、もっと遠くからも人々が集まってくる。華やかな行列を見物にくる人々、祭りに合わせて開かれる市が目当ての商人たち。

お昼近くなって、主に打楽器からなる音楽の音が聞こえてきた。やはり行列があるらしい。

エンキサルは、荷車の番を交代した長兄といっしょに、行列通りに見物に行くことにした。人出が多いので、荷物は持たない。東の町の通りには、もういつもの何倍もの人がいた。行列通りには、下層民は近づけない。それでも、通りに近づくについて、人々の脇をくぐり抜けるようにしなければ前へ出られなくなってきた。

行列通り。瀝青で目地をうめた広い石畳。通りにはところどころ兵士が立ち、通りの中央に空間を作っている。

エンキサルは、動きの遅い長兄を残して、人々を押し分けながら群衆の最前列に出た。なぜか、そうしなければいけない気がした。そのまま待って、一時間ほどしてから行列が現れた。音楽が近づいてくる。群衆の中から歓声が上がる。

華やかに飾られた山車。行列はゆっくりとエンキサルの前へ進んでくる。先頭の山車には、主神官と神像が乗っていた。主神官は、剃髪している男たちの中でも、ひときわ背が高く、恰幅が良かった。新年のパレードで、王のそばで山車に乗っている姿を、エンキサルは何度も見たことがあった。そして、黒く光る石の神像。

通りの向こうの建物の屋上に、あの旅人がいるのをエンキサルは見つけた。今日は別に見慣れない二人。一人は女で、旅人のいつもの書板をもっている。もう一人は、もっと小さな何か光るものを持ち、目に当てている。どちらも、馬に乗る異国人たちのような格好をしている。旅人は腕を組んで、行列を見に集まった群衆を見回しているようだった。

数十人の楽師たちが、歩きながら音楽を奏でている。エンキサルは目をこらすが、ニンガルはその中には居なかった。

王宮には何人楽師がいるのだろう。見習いだから、まだ行事には参加できないのか。

山車が何台か通り、行列の最後近くの山車の上に、彼はニンガルの姿をみつけた。細工屋の息子もいる。全部で二十人ほど。皆、黒色の服を着ている。若者が多く、肌の色もばらばらに見える。おどおどと周囲を見回しているものもいたが、ニンガルはじっと前を見つめたままだった。山車の上のにんガルは、いつもより小さく見える。

エンキサルはようやく理解した。奴隷の彼女が選ばれた理由。まだ見習いなのだ、とニンガルは言っていた。彼女の頬や腕に時々残っていた、何かで打たれた跡。

ニンガルの言葉の断片を思い出す。

「死後の世界というものが有ることを習った」

「いつか、祖母に会える」

「怖くない」

そして、

「遠くに行くことになった」

「この猫は連れて行けない」

エンキサルは知らないうちに、行列の方へと駆け出していた。山車に足をかけ、ニンギルの手をにぎる。

「逃げ出そう」

思わず叫ぶ。

ニンガルは、不意に手をひかれてよろめいて膝をついた。エンキサルを見る。まるで汚いものが触れたかのように彼の手をふりほどくと、彼女はまた山車の上に立った。山車は止まらない。黒い服を着た人々の列は少し乱れたが、また先程と同じように山車の上で並んだ。

エンキサルはニンガルを目で追いながら、よろめいて、通りの石畳の上に降りた。何もできずに、そのまま立っている。

頭を後ろから殴られて、エンキサルは石畳の上に倒れた。兵士が頭上に剣を振り上げる。白いものが二人の間に割って入った。ナジミットだった。ひざまずいたナジミットは、片手をあげて、兵士を制した。

「そこをどけ」

と兵士。

「これは私の婿だ、手出しをするな」

兵士は、その声を聞き、ナジミットの顔を認めて、手を止めた。剣の先で、横の方を指し示す。兵士も、書記のナジミットの顔は知っている。

ナジミットは、エンキサルの肩と腰に手をかけ、急いで通りの脇にひきずった。彼らの回りに人々との隙間ができた。

音楽が遠くなってゆく。群衆の関心は、道の脇の彼ら二人から、去ってゆく山車にすぐに戻ってゆく。

「なにをしているのだ、殺されてしまうぞ」

ニンキサルは口を開いたが、出たのは、言葉にならない嗚咽だった、殺されかけた興奮。そして、ニンガルからの思いがけない拒絶。ナジミットも、大きく肩で息をしている。

私の婿だ、という言葉。ナジミットに、恥をかかせてしまったのだろうか。

「さあ、立つんだ」

ナジミットはエンキサルの脇に手を差し入れて立たせた。

「歩けるか?家まで送ってゆこう」

主神官には、あとで説明をしておこう、なんとかなる、とナジミットが言った。それから後は、ナジミットもエンキサルも、無言だった。

その夜、王宮で最初の儀式が行われた。王宮の中で行われるので、一般の町の人々の目に触れることはない。王の墓所は王宮の敷地の中にある。一晩中、白い煙が立ち上っていた。香木や薬草を燃やす匂い。かすかに呪文や音楽が聞こえていた。

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