出合い

   1


ガチャリ。とステッキを力なく腕から垂らす。チェーンが巻かれた鈍い赤色に光るステッキは武具としてはちょうどいい重さと長さだった。私は、魔法少女梨花。それ以上の名前は、私は知らない。美しいものを探しに行こう、そう言って駆けだしていった日はもう遠い。私の目の前には真っ赤な夕日に照らされたきらきら町が、臓物のように光っている。


化物。私が倒すのはきらきら町を侵食する『敵』だ。毎日のようにやってきては、この町を破壊しようともくろんでいる。しかし、と私は推察する。彼らももとは人であったのであると。そうでなければなにかの間違いだ。『敵』たちの目は、人間の誇りある眼をしている。痛みを知った美しい顔だ。私は彼らに日毎にビームをぶっ放す。誇りを知った痛ましい顔に。


彼らは化け物にされた。教科書にも載っていない恐ろしい方法で。そんな仮説を連ねながら、私は恐ろしくもなるのだ。私は、化物にならないという確証を持てるか? そもそも、こんな破壊力を持ったステッキの持ち主が、『化物』ではないという証拠はどこにある。


「ああ、馬鹿らしいですね。私がステッキを一振りすると、喝采がバカみたいに訪れる。何も考えていない聴衆みたい。きっと、私は別の世界戦では『悪役』にもなれた。私は別の世界戦では『敵役』にもなれた。私が、こんな不自由なヒーローであらねばならない理由は、どこなんでしょうね。ねえ、きらきら町、私を産み出して気分はどう、まるで私の操縦士にでもなったつもりですか、それとも、アホらしい無知を気取ったマスコット気取りか。答えろ。」


 ガチャリ。ステッキを夕日に振り向ける。「答えろ」彼女はきらきら町を脅そうと試みています。「答えろ、『敵』たちはどこから来た。教室からか、市街からか」(エネルギー、充填30%)「答えろ、私はいつか敵として、撃墜されるときが来るか」(エネルギー充填、60%)「答えろ、この町はゆめか。誰かに仮想された茶番劇ではないですか」(エネルギー、充填90%)「答えろ!」(エネルギー、充填100%)


──バン。


 赤色のビームは真っ直ぐに、夕日に向かって飛んでいきます。遠くの方で耳鳴りが、彼女の脳中から聞こえてきます。空はびくともしません。町は、びくともしません。彼女は、どこまでも寂しい思いを抱えて、自らのこめかみにステッキをあてがいました。そしてあてがっただけで、何もしませんでした。陽が落ちきるまで、ずっと。


   2


『あー、よく寝た。昨日は吞みすぎたなー、頭痛って……』


 都美子はそう言いながら、ペットボトルと空き缶が転がったアパートで目を覚ましました。彼女は、きらきら町ではめずらしい巫女でした。彼女が歩くと、足跡からは草が芽吹いたし、彼女が笑うと、花が咲くのでした。そして彼女が恋をすると、浪はいっそう高く打ったし、彼女が心から怒れば、そらは雷が響き渡るのでした。『あーあ、もう14時かよ~、一日の半分終わってんじゃんかよ~』彼女は、結構ダメな感じでした。


 きらきら町は春になっていました。都美子は桜を見に行こうと、河川敷を散歩することにしました。きらきらと眼前には、芽吹き始めたイネ科植物の若芽が、生き生きと映えていました。彼女は、くるりとひと回転、ふた回転すると、大声で笑いました。『ああ、ええなあ! 美しい生存とはこんなことを言うんじゃボケエ!』『ああ、気持ちええなあ! 馬鹿みたいな名画や、春の景色は!』彼女は20歳を超えたあたりから口がかなり悪くなりました。美しいものはきれいな所にはない、そう確信したからです。


『あー……、桜がええ感じやなあ。ピンクの花びらが回りながら落ちて……、こんな日に呑む日本酒はうまいやろなあ、いや、そんな高くなくてもええねん、コンビニに売っているみたいな、450円くらいで帰るビンのやつ。ああ、あと鮭のつまみもあればもっとええわ!』


 彼女はくるくると回りながら、なんか欲望全開なことを言っています。きらきら、くるくる……、その時です。彼女の嗅覚が、一つの『存在』を感知しました。『……なんや?』彼女は神経をそばだてます。『誰か……、誰や……? 誰か、闘っている?』


 目を凝らす、耳をそばだてる、産毛を立たせる。『え……あれは、少女? 魔法少女が、闘ってる……』都美子にはついに、はっきりと見えていました。きらきら町のローカルテレビ『マジカルガール・魔法少女梨花』の主人公が、現実世界に現れて、ビームをぶっ放しているところが。


『なんや、次元ちゃうはずやろ、なんで『魔法少女梨花』が……』


その時、梨花が目元を袖で拭く姿が、都美子の目には映りました。都美子は、それが梨花が涙を拭いているのだと、直覚しました。(ああ、これはあかん)都美子は子供は幸せに過ごすべきだという信条を持っていました。そして、彼女は情に厚かったのです。


『助けに行かな、『大人』が廃るで』


 都美子は、一芝居を打つことに決めました。桜が、バカみたいに激しく、空に舞っていました。

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梨花のすむ町(抄) 高田 @dokokanotakada

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