第12話 今の私のこと

「……っていう感じで、いろいろ考えちゃって」

『はあ……』


 私の話を聞いた諏訪ちゃんは、なるほど、と呟いた。ビデオ通話ではないけれど、なんとなく諏訪ちゃんの表情が分かる気がする。


 たぶんこういう話をされても、諏訪ちゃんはちょっと困っちゃうよね。


「諏訪ちゃんは将来のこととか考えて不安になったりすること、ある?」

『ありますよ。将来のこと考えるともっと貯金しなきゃなとか、資産運用とかもいろいろやらないとな……とかも思ってますし』

「……結婚とかのことは、考えたりする?」


 諏訪ちゃんは私より年下で、まだ26歳だ。焦る必要はないのだろうけれど、それでも、そういう悩みと無縁ではいられないのではないだろうか。


『興味ないですね、今のところは』


 諏訪ちゃんの返事にほっとしつつも、やっぱり不安になってしまう。


 私が婚活をやめられたのは、こうやって諏訪ちゃんが遊んでくれて、構ってくれるから。

 だけど諏訪ちゃんも結婚してまた遊んでくれる友達がいなくなったら、私はきっとまた寂しくなって、誰かを探そうとしてしまう。


 だったら今のうちに、さっさと相手を見つけておくべきなのかな。


 そう思った瞬間、諏訪ちゃんから言われた言葉が頭の中に浮かんだ。

 好きでもない男と付き合うなんて、馬鹿ですか? と、脳内の諏訪ちゃんが耳元で囁いてくる。


 私はきっと、光輝に未練があるわけじゃない。いい人だし、悪くない条件の相手だから、こうやって悩んでいるだけ。

 好き! という楽しくてきらきらした感情は今、光輝には向いていない。


『……持田さん』

「なに?」

『別に私は、恋愛することとか、結婚することを否定したいわけじゃないんです。でもそれって、窮屈な思いをしてまでやることなんですかね?』

「え?」

『さっきから持田さんの声、全然楽しそうじゃないですよ。どうせ表情も暗いんでしょう』


 諏訪ちゃんの言う通りだ。


『……まあ私は、こうやって話を聞くくらいしかできませんけど』


 困ったように諏訪ちゃんが笑う。

 こんな話をされて、諏訪ちゃんもなんて言ったらいいのか分からないんだろう。


 だけど私は、こうして諏訪ちゃんが話を聞いてくれただけで嬉しかったし、救われた。


『それから。……ただの理想でしょうけど、もし持田さんが付き合ったり結婚するなら、ちゃんと、好きな人としてほしいです。そうじゃないと楽しくないですよ』

「諏訪ちゃん……」

『楽しくなさそうな持田さんを見るのは、あまりいい気分ではないので』


 ああ、きっと諏訪ちゃんは、いろいろと言葉を選んで私を励まそうとしてくれている。

 そう思うと、なんだか泣きそうになった。


 将来のことを考えたら、結婚できないのはちょっと怖い。だけど好きでもない相手と結婚してしまうことだって怖い。


 なにを選んだって、人生に不安や怖さはつきものなのかもしれない。


「ありがとう、諏訪ちゃん。話聞いてくれて」

『いえ』

「なんか、元気出てきた気がする。本当にありがとうね」


 おやすみ、と言い合って電話を切る。すぐに私はLimeを開いて、光輝へメッセージを送った。


『ごめん。やっぱりもう、光輝とは会えない』


 そう送って、すぐに光輝のアカウントをブロックしておく。

 これでいい。これでいいんだ。


 光輝からメッセージが届いた時、嬉しい! じゃなくて、どうしよう、と思ってしまった。ときめきなんて、全然なかった。

 きっとその時点で、もういろいろと決まっていたのだ。


「いいの、これで」


 言い聞かせるように呟き、目を閉じる。

 考えるのは光輝のことでも婚活のことでもなくて、諏訪ちゃんと行くコススタのこと。


 どんな場所でどんな写真を撮ろう? どんなポーズをしよう?


 考えただけでわくわくするし、楽しくなってくる。


 不安はある。だけど私は今楽しいし、今の私のことが結構好きだ。好きでもない男に合わせて、好きでもない自分になりたくない。


 いいよね、今はそれで。

 今を大事にすることだって、悪いことじゃないはずだから。

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